事務局日誌: 人口増加の裏側で(2/3)

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以前この欄で、キリマンジャロ山の尾根には、それぞれそこに住むチャガ人の特定の氏族(クラン)の名が地名として冠され、そこがその氏族に属する土地であることが明確にされていた、ということを書いたことがある。

ただそうした多くのチャガの氏族も、もともとそこに居たというよりは、遊牧民との争いを避けて山に入ってきたようである。そんな中でも早くから山の中に足場を築き生活していた氏族、さらにはそれに多少の遅れは取ったものの、大きな勢力で移住してきた氏族が、落ち着いた先の土地(尾根)に自らの氏族名を付したのである。

私たちが活動しているテマ村で言えば、フォヤ一族のフォイェニ、マエダ一族のマイデニ、キマンボ一族のキマンボニなどである(スワヒリ語では、名詞語尾に「ニ」を付けることで、場所を表す名詞(場所名詞)になる)。

それにさらに遅れて後から入ってきた氏族には、もはや自ら宣言して占有できるような土地はなく、先行する氏族との共存を図ったようだ。もとを辿るとケニアにルーツのあるジャウ一族などはその例だ。従って“ジャウニ”という地名は、彼ら氏族の住む土地には見当たらないのである。


(次回に続く)

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