間をつなぐもの

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少し前のことになってしまいますが、この3月にモシ県知事を招いて開催した、キリマンジャロ山の新たな森林管理に向けた協議会の席上のこと。県知事から次のような発言がありました。

「森林を取り囲む各村は、若者による養蜂グループを組織するように。そうすれば彼らも森を破壊しなくなるだろう」。

確かに当会でも、収入機会の創出と森林保全を両立させる取り組みとして養蜂に取り組んでいます。材を切り出したり、炭を焼くこと(=森林への圧力)で収入を得るのではなく、蜜源樹を植え、そこで養蜂を可能とすること、すなわち森林の保全を通して収入を得られるようにすることがその狙いといえます。

ただ、上記の県知事の発言には違和感を覚えました。養蜂→収入向上・森林保全という、取り組みの流れや狙いは、県知事も私たちも何ら変わるところはないでしょう。しかし、養蜂と収入向上・森林保全の間をつなぐ”→”の部分に何もないことが引っかかるのです。

知事が「組織せよ」と言えば、それはオーダーです。そしてそのアウトプットとして求めているのは、「若者による森林破壊行為が止まる」という結果です。

しかしなぜ、”オーダーを出すこと”そのままイコール”結果を得られること”と考えるのでしょう?養蜂が森林の保全に繋がるためには、それが収入の向上に繋がることが大前提となります。では、どうやったら蜂は飼えるのか?(啓蒙・研修)、必要な資材はどう調達するのか?(情報・便宜)、期待した収量はあがるのか?(指導・フォローアップ)、収穫してもどこに売るのか?(市場開拓・販路確保)、そもそも国立公園の森で養蜂を許可するのか?(条例・奨励策)。こういったことがすべて”→”の中に含まれています。

もちろんここで言いたいのは、国がすべてをお膳立てしろということではありません。ただこうした”→”の中に含まれる一連の手続きやプロセスへの考慮を一切することなしに、結論が得られると考えているのだとしたら、それは間違っているだろうということです。県知事の発言には、間をつなぐものの不在が感じられ、そのことへの違和感が拭えませんでした。

こうした”間をつなぐもの”の欠如を避ける最良のもの(少なくともその一つ)は、すべてのステークホルダー同士の対等な対話とその姿勢でしかないように思えます。これまでトップダウンのオーダーをただ受け入れることしかできなかった村や村人たちに、その声や考えを表明し、伝えられる仕組みを作ること、そして対等な協議を通してそれらが反映されるようにしていくことは、ポレポレクラブが取り組むべき最も重要な課題であると考えています。

 

協議会で発言するイブラヒム・ムセンギ、モシ県知事

協議会で発言するイブラヒム・ムセンギ、モシ県知事

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