タンザニア・ポレポレクラブが協力しているキリマンジャロ山での村落植林活動では、最近はもっぱら、国立公園に取り込まれた旧ハーフマイル・フォレスト・ストリップ(※1)での取り組みが話題の中心となっている。それが住民生活を顧みぬ森林保護戦略(国立公園化)といった、国家レベルでの問題への対応であることや、植林の規模からも、どうしてもそちらに軸足が置かれることになる。しかし森を守り、ひいては自分たちの生活を守ろうという現地での植林の取り組みは、何も国立公園の中だけに限られたものではない。また植林の規模だけが、その取り組みの重要性を表す唯一の指標でもない。
私たちが長く活動しているテマ村に限らず、キリマンジャロ山における降雨の減少は、様々な資料や関係者の発言からも明らかである。そのため村では生活水や伝統水路に使っている泉や沢が涸れたり、水量が激減するなど大きな影響が出ている。(※2)(写真1)
(写真1)水源近くに作られた、飲料水用のIntake。10年ほど前までは水を満々とたたえていたが、いまではこのIntakeでいつまで水が確保できるか、分からなくなってきている。
彼らはそうした自分たちを取り巻く環境の変化を脅威と感じ、いまから20年も前から植林に取り組み始めた。彼らが目指したのは、森の中に広がる裸地すべてに植林し、木々を取り戻していくことである。山奥深くにある水源地を守ることはとくに重要で、水源近くに空き地を見つけては、1本、2本と苗木を植えている。(写真2、3)
(写真2) 村を出発して山道を歩くこと3時間ほど、テマ村の水源地の一つはこんな場所にある。
(写真3) 水源地近くの空き地に村人によって植えられた木(写真手前側)
キリマンジャロ山に暮らすチャガ民族の人々にとって、木は昔から水と密接なつながりを持っていたともいえる。山に網の目のように張り巡らされた伝統水路を支える溜池”Nduwa”の脇には、必ずといって良いほど見上げるような大木が植わっている(写真4)。樹種に特定の傾向が見られることから(※3)、おそらく人為的に植えられたものと推察できる。
人が何人も手を繋がないと一周できないようなその大木の根は、Nduwaの土手の土を、まるで抱きかかえるように包み込んでいる。土手が崩れるのを防いでいるのだ。中にはその根の下に水路を通し、Nduwaの水門としているものまである。水門の決壊も防いでいるわけだ。(写真5)
(写真4) Nduwaの脇にそびえ立つ大木。人と比べるとその大きさがよく分かる
(写真5) その木の下を通る水路。チャガの人々の水路建設に
おける高い技術と、先人の知恵を見る思いがする
古の人がそうしたように、いま彼らが植えている1本、1本の苗木も、やがてまた見上げるような大木となって育っていくことだろう。
そんな彼らを見ていると、森と人との共生・共存が、自然と人間の隔離によって為されようとしている現地の現実を、皮肉と思わずにはいられない。彼らのように、森と人との強い繋がりの中にこそ、息長い共生・共存を探る道と知恵があるのではないだろうか。
(※1) かつて森林保護区に属しつつも、山に暮らす住民が日常のニーズを満たすため、必要最低限の森林資源利用が許されていたバッファゾーン(緩衝帯)の森のこと。2005年にキリマンジャロ国立公園に取り込まれ、地域住民の利用については規定がない状態となっている。
(※2) 例えば2009年度国会において、水・灌漑省(当時)副大臣は、テマ村の下流に位置するコリニ・クシニ村では、確保できる水量が38%減少したことを報告している。
(※3) テマ村近辺では、アカネ科のMitragyna rubrostipulataが多い。