事務局日誌: 「失われゆく民族の伝統、文化、知恵」

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儀式に用いた石。大きさ40cmくらい。中高年世代しか知らない。

儀式に用いた石。大きさ40cmくらい。中高年世代しか知らない。

 

最近キリマンジャロ山中の村に入ると、民族の伝統や文化、知恵といったことについて、村人たちと話しをする機会が多い。彼らと話していると、そうした伝統や文化に包まれて育ってきた50代以上の中・高年世代、話には聞いているが、実際に見たことや経験できなかったものも多い30~40代の壮年世代、経験どころか話にすら聞いたことがない者も多い20代以下の幼年~青年世代という違いを、まざまざと感ずる。

この半世紀ほどの間に、数百年(※)に亘って脈々と引き継がれてきた彼らの伝統、文化、知恵は急速に失われようとしており、また、まさにその現場に居合わせているということを実感する。

(※ 現在キリマンジャロ山麓に暮らしているチャガ民族は、説によってばらつきがあるが、250~900年前に、同山に移住してきたと言われている)。

壮年世代になると、だいぶ知識があやふやになる儀式を行った大樹

壮年世代になると、だいぶ知識があやふやになる儀式を行った大樹

伝統集会の場所

伝統集会の場所


壮年世代になると、だいぶ知識があやふやになる儀式を行った大樹(写真左)と、伝統集会の場所(同右)

「古きもの」=「守るべきもの」という図式が常に正しいとは思わないが、現在彼らが直面している問題の処方箋を、こうした伝統、文化、知恵はすでに備えている場合も多い。

私たちの主力活動である環境分野の取り組みについていえば、彼らの直面している問題とは森林の減少であり、それに伴う雨量の減少、水源の枯渇、作物の生産性低下などである。こうした現実の問題に対して、伝統や文化は低い環境負荷、地域適合的で持続的という、歴史の上に築かれた知恵として機能し、彼らの生活を支えてきた。

たとえば水源の森を聖域として守ってきた伝統、貴重な水を運ぶ伝統水路を中心に発達してきた民族文化、樹木と作物栽培を組み合わせた、いわゆるアグロフォレストリーにさらに伝統水路、家畜を組み合わせ、持続的で安定した作物生産を実現した巧みな農耕の知恵などである。こうしたものが総体として、キリマンジャロ山麓をしてタンザニア全体の10倍という人口密度・人口収容力を可能たらしめてきた。

また、チャガ民族における現世世代と祖先の魂を通じた土地との強い絆という精神性が、こうした伝統、文化、知恵をより強固なものとしてきた。その精神性も徐々に薄まりゆく現状にあり、それがまたこれらの喪失という方向に拍車をかけている。

 

幼・青年世代でも知っている、チャガ民族を象徴する植物"イサレ"。

幼・青年世代でも知っている、チャガ民族を象徴する植物”イサレ”。

 

忘れ去られていこうとしているものの中に、じつは問題の発生を長く未然に防いできた尊い教えがある。埋もれゆく自分たちの伝統、文化、知恵をいま一度見つめ直し、再認識、再発見に繋げていく作業は、それを知る世代が残る「いま」やらなければならない作業のように思える。

その作業はまた、自分たちの「誇り」や「自慢」の再認識、再発見に繋がっていく過程でもあるだろう。そして自分たちの誇りや自慢はぜひ次の世代に残し、引き継いでいきたいと思うのは、かなり普遍的な、人の自然な気持ちではないだろうか。

自分たちの生活を守るために環境を「守る」と思う気持ちは確かにとても大切ではあるけれど、少々受け身で負担のようにも思える。伝統や文化、知恵を見直す中で、それらが息づく森や水、自分たちの土地に対して、「これが自分たちの自慢なのだ」「誇りなのだ」、「だからこそ大切にしていきたい」という積極的な気持ちを持てることは、人々の内発的意思によって、それらを長く受け継いでいく上でとても大きな力となり、また要素となり得るだろう。

私たちはそうした村の伝統や文化、知識を、村人たちと共に見直す作業に着手している。その作業を通して、どんな再発見があり、再認識に繋がっていくのか、試行錯誤のいまではあるが、楽しみにしていることでもある。

少々話が長くなってしまったが、これまでに築かれてきた村の伝統や文化、知識の置かれている現状について、かなりおおざっぱな分類ではあるが、幾つかを抽出して以下にまとめてみた。こうした表を多くの村人たちに集まってもらって、彼ら自身の手で作ってもらうのも、また面白いかなと思っている。現状がどのような状態にあり、自分たちがどのような立ち位置にあるのか、簡単に視覚化でき、理解、把握できるからだ。その中の「何を」ぜひとも次代に残していきたい自慢と思うのか、誇りと思うのか、村人たちが取っつきやすく考えていくための、良いきっかけとなってくれるかも知れない。

 

表: 村の伝統文化、知識とその認知度(世代別)

  中高年 壮 年 幼・青年
衣 服 × ×
主 食
家 屋 ×
言 語 民族語
歴 史 民族史 ×
制 度 首長制
制 度 水路組合 ×
制 度 年齢組 × ×
宗 教 伝統神 × ×
祭 祀 儀 式 ×
祭 祀 場 所 ×
祭 祀 踊 り
慣 習 しきたり
慣 習 伝統集会 ×
知 恵 薬 草
知 恵 伝統水路  
遺 構 塹 壕 × ×
遺 構 落とし穴 × ×
遺 構 トンネル × ×
その他 植林地
ポイント 38 21 12
喪失度 5 47 70

※・「ポイント」は、○を2点、△を1点、×を0点とした場合の合計値。
 ・「喪失度」は、全て○だった場合の40点を100として、それに対する喪失度。

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