事務局日誌: 村の診療所で治療を体験

  1. TOP
  2. 投稿
  3. 事務局日誌: 村の診療所で治療を体験
その他

キリマンジャロ山麓の標高約1,600mにあるテマ村。ここに私たちが支援している、村唯一の診療所、ナティロ診療所がある。これまでナティロ診療所に対しては、薬剤や建物改修支援、来所者統計や疾病動向データの作成などを行ってきたが、それはあくまで協力者という立場での関わりであり、自ら患者としてお世話になったことはなかった。

それが今回、とうとう治療を受けて、自分も統計データの一部になるという貴重な経験を得ることになった。植林作業をしていて、うっかり手を切ってしまったのだ。

切った瞬間は大したことはないだろうと思ったのだが、予想外に傷が深く、血が止まらない。これは応急処置では済まないので、医者に診てもらわなければダメだとなった。

そこで向かったのがナティロ診療所である。診療所に着くと、さっそく顔馴染みのマリサ先生が傷口を見てくれる。「どれどれ、うーん・・・ずいぶん切ったねぇ・・・」。彼はそう言うと、「モジャー、ムビリー、タトゥ・・・」と小声で呪文のように唱え始めた。「モジャ、ムビリ、タトゥ」とは、スワヒリ語で「1、2、3」の意味である。そして「・・・タノ」で止まった。「5」だ。

そうか5か・・・。

村の診療所だからといって、べつに呪文で傷を治すわけではない。こういう時、人は敏感である。つまり、5針縫わなけりゃダメということらしい。 小さいころ傷を縫ったことはあるが、どのようにして縫ったかまでは覚えていない。果たして村の診療所で、どのように傷を縫うのだろう??きっと裁縫針のようなもので縫うのに違いないと勝手にイメージしていた。そうしたら出てきたのは、大きな釣り針のような針だった。それをペンチのような器具でつかんで縫うのだ。

暗い診療室での細かい作業。見えづらいかと思って、持っていたトーチで照らしたら、「そんなの要らないから大丈夫」とマリサ先生。

テマ村、いやこの地域の人々の、マリサ先生に対する信頼は極めて厚い。急峻な地形で交通手段もないテマ村では、長く常駐の医師が不在であった。村人たちはマリサ先生に来てもらえるよう、診療所を管轄する上位病院に、それこそお百度を踏んで頼み込んだ経緯がある。私たちも薬剤の支援をしているが、いくら薬があっても優秀な医師がいなければ何にもならない。図らずも自ら患者となり、彼の鮮やかな手つきを見るにつけ、その重要性とありがたさをあらためて噛みしめることになった。

いま彼は雨の日も風の日も、キリマンジャロ山の谷越えをして、毎日2時間以上をかけて歩いて診療所にやってくる。お百度まで踏む村人たちの必要性への理解と、マリサ先生の意思がそれを可能とした。

日本でも地域医療の崩壊が言われている。医師不足にたらい回し。いったいどこの国の話かと思う。赤ひげ先生の良心だけで、地域医療は持つものではない。高速道路を安くする前に、お金を振り向ける先は他にもあっただろうに。

一覧へ