事務局日誌: 森の墓標

  1. TOP
  2. 投稿
  3. 事務局日誌: 森の墓標
その他

自然保護の名の下、現在は国立公園に取り込まれたキリマンジャロ山のかつての森林保護区。その森林保護区が設置されたのは、今を遡ること約1世紀前の1921年、当時タンガニーカと呼ばれていたこの国を委任統治していた英国によってです。

キリマンジャロ山の森林を歩くと、今でも当時森林保護区の境界に設置されたビーコン(写真1)を目にすることがあります。ビーコンは境界線が大きく折れ曲がる場所に設置されており、その両脇には必ず長方形の穴が掘られています(写真2)。それぞれの穴の長手方向が折れ曲がった境界線の向きを示しているのです。それ以外の場所には、数十メートル間隔で穴だけが掘られています。

 

(写真1)森林保護区の境界に設置されたビーコン

(写真1) 森林保護区の境界に設置されたビーコン

 

(写真2) ビーコンの両脇に掘られている長方形の穴

(写真2)  ビーコンの両脇に掘られている長方形の穴

 

当時設置されたビーコンで現在もこのように原形をとどめているものは稀なのですが、森の中にぽつねんと立っている姿には、何となく墓碑をイメージさせるものがあります。しかしそうしたイメージは、いまのキリマンジャロ山の森林の状況を考えると、あながち的外れではないのかも知れません。

これまで植林による森林回復が取り組まれていた森林保護区では、人為による自然改変行為を一切許さない国立公園法が適用された結果、植林はおろか、植林地のメンテナンスも許されなくなりました。その結果、適切な除草、枝打ち、間伐等ができなくなり、植林地の木々の健全性が損なわれる状況が生まれています。(写真3)は、10年以上も間伐ができなかった植林地で弱った木が、風によって倒されてしまった現場です。

 

(写真3)10年以上も間伐ができなかった木が倒されてしまった現場

(写真3) 10年以上も間伐ができなかった木が倒されてしまった現場

 

国立公園に取り込まれた森林保護区には、かつて地域住民が利用を許されていた生活林”ハーフマイル・フォレストストリップ”が含まれており、そこは日本の里山と同じように、人の手によって管理を必要とする二次林となっていました。適切なメンテナンスがされることで森の健全性と持続性、人の利用が両立されていた森であり、放置することはその双方を損なうことになります。

かつてのハーフマイル・フォレストストリップより標高の高いエリアに残る原生林では、いまでも違法な伐採が行われています。そのような犯罪行為を行う者は厳正に処罰すべきですが、伐採だけが森林破壊なのでは決してありません。人の手による管理を必要とするところを放置することがまた、キリマンジャロ山の森林の劣化を招いています。

過去の歴史的、社会的背景、人と森とが築き上げてきた関係性を考慮することなく、とにかく国立公園ありきで森を囲ってしまった矛盾を抱えてしまったキリマンジャロ山。

今は国立公園の境界を示すこととなったビーコンは、まさにそこから先が森の墓場であることを示している、まさに墓標そのものとなってしまったような気がしています。

一覧へ