伝統水路とキリマンジャロ山の農業の未来

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 ここ数年の現地調査では、毎回キリマンジャロ山に暮らすチャガ民族が建設した伝統水路の調査を実施している。今夏の調査では、前回に引き続き、”キセレチャ水路”(テマ村)の調査を行った。

 

このキセレチャ水路はすでに放棄された水路であるが、その長さ、流路・設計の複雑さ、カバーするエリアの広さ等において、他の伝統水路を圧倒する高度で精緻なものであったことが分かっている。たとえば同じエリアにあるマチャ水路、ムボヤ水路、マエダ水路、ムレマ水路の全長がそれぞれ2.7km、2km、4.3km、4.1kmであるのに対し、キセレチャ水路のそれは7.6kmに達し、なおかつ名前を変えてさらに低地まで流下していた。また水源と水路末端との高低差も、同223m、234m、294m、330mに対し、同679mと、他の水路の2~3倍、スカイツリーの高さを超える高低差のエリアに配水をしていた。

 

この水路が卓越しているのは、長さや高低差といった水路の規模のみならず、主水源となっている川の流量安定確保のために、尾根を越えた他の水系から補助水路を引き、水を増量させていたり、家ほどもある巨岩の下を掘り抜いて水を通していたり、小さな谷や崖の縁を、チャガ語で”Ilalo”(写真)と呼ばれる木の筧を使って水を渡していたりと、技術的にもたいへん高度な点である。

 

写真1:かつてこの道の上に”Ilalo”が設置され、そこを水が流れていたという。

 
 

写真2,3:”Ilalo”によって崖の脇を流れる水。

 

 冒頭にも触れたように、この水路はその後、政府が敷設した給水パイプラインとの水源の競合や、複雑な流路ゆえのメンテナンスの困難さ、コーヒー産業の不振等による、村からの若年層の流出(=メンテナンスに不可欠)等々、時代の変遷とともに巻き起こった様々な要因により、現在は放棄されてしまっている。いまや多くの村の若者達は、この水路の存在すら知らない。

 

 その一方で、降雨の減少等により、現在も運用されている伝統水路の重要性は増すばかりである。その水源をいかに守り、そして時代の流れの中で、これからも伝統水路の持続的な維持・管理をいかに担保していくか、いけるのかは、キリマンジャロ山の農業の未来を握る、重要な要素となってくるであろう。

 

 当会では引き続き伝統水路に高い関心を持って活動に取り組んでいくつもりである。当面はテマ村内の主要水路をすべて踏査調査し、GPSデータををもとにした水路マップを作成していく。それにより森ー伝統水路ー伝統農法の強い繋がりが誰の目にも明らかになるようにし、とくに農業における水路の重要性を、若年層にも伝えられるようにしていく。また放棄水路の復旧、既存水路の改修支援にも同時並行して取り組んでいく。

 

 さらに、伝統水路の維持管理は、地域やその住人の自助努力のみに課題を預けてしまうのではなく、今後外的な要素によっても支えられていく仕組みを考えていく必要があるだろう。たとえば先のキセレチャ水路のような先人の卓越した知恵と技術がいかされていた水路は、観光資源としても十分価値があると考えられる。今後コミュニティベースドツーリズムの導入などによって、資金的側面からも、持続的メンテナンスをサポートしていけるような取り組みも行っていきたいと考えている。(ただし、これについてはまだまだ先の課題である)。

 

 

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