森の中にある伝統灌漑水路の水源
「森が恵みの雨(水)をもたらす」とはよく言われることです。そう言われて私たちがイメージするのは、森に降り注いでいる雨の様子ではないでしょうか。キリマンジャロ山の南麓斜面でも、標高2,100m付近では、年間最大で3,000mmほどの雨が降ります。東京の年間降雨量が約1,500mmですから、その倍ということになります(但し同山の降雨量は、2,100m付近をピークにして、その上方、下方とも急激に雨量が減ります)。
キリマンジャロ山には年間約15億立方メートルの降雨があるとされていますが、実はこの量は、同山にインプットされる水の量の7割にしかなりません。では、残りの約3割(約6億立方メートル)はどこから得られているのでしょうか?
その答えは「霧」です。たとえばキリマンジャロ山の標高約2,600m付近では、年間を通じて、ほぼ毎日霧が発生します。この霧が森の木々にとらえられて水滴となり、地面に浸み込んでいるのです。霧によって得られるこの約6億立方メートル(黒部ダムの総貯水量の3倍)の水は、雨と違って、森がなければその場を通り過ぎてしまうだけです。つまりその後に、流れる水となって大地を潤すこともありません。こうして考えると、「森」が水をもたらすことに果たしている役割、重要性は、私たちが普通にイメージするより、ずっと大きなものだといえそうです。
ところでアフリカといえば、灼熱の乾いた大地といったイメージがあります。そこでは少ない雨、限られた水資源を、如何に効率よく利用していくかが、重要な課題となってきます。キリマンジャロ山はアフリカにあっては、降雨に恵まれた環境にあるとはいえ、この1世紀の間、一貫して降雨が減り続けています。その影響は山で暮らす村人たちの生活にも現れており、政府の敷設した給水パイプラインの水が涸れてしまう、あるいは以前のようには、畑への水やりが出来なくなってきています。
そこで村人たちが見直しはじめているのが、彼らの祖先が築いてきた伝統灌漑水路の存在です。伝統水路はその維持のためにかなりの手間と労力をかけたメンテナンスが必要とされるため、給水パイプラインの普及などとともに、徐々に放棄される傾向にありました。しかし雨量の低下は、彼らの主食作物である調理用バナナや、貴重な収入をもたらしてきたキリマンジャロコーヒーが植わった独自の農耕システム”キハンバ”への、追加的灌水をますます必要なものとしています。ところが給水パイプラインは、家庭内での使用には便利な反面、畑への灌水にはほとんど対応することができません。
伝統水路を調べてみると、それによって利用が可能となっていた水の量は、キリマンジャロ山にインプットされる年間水量(計21億立方メートル)の実に10%、黒部ダムと同等であったらしいことが分かってきます。降る雨の10%を常に利用可能とする仕組みというのは、そう簡単に作れるものではありません。いにしえの知恵である伝統水路への再評価とその復旧は、今後ますます重要な課題となってくるでしょう。もちろんその水源として雨を降らせ、霧をとらえている森の保護、再生の取り組みの重要性については、言うまでもありません。
知れば知るほど、自然の仕組みの精緻さや、長い歴史と知恵に裏打ちされた、伝統技術の持つ底力には感嘆させられるばかりです。こうしたことを、村の人々と共に一層の共有を図りながら、今後の取り組みの中に活かしていきたいと考えています。
〔No.36 その他の内容〕
● キリマンジャロ山の森を巡る最新の取り組み状況
●植林活動
●活動の自立支援 : グループ積み立て、ニワトリの販売完了
●生活改善 : ナティロ診療所、2010年疾病状況
● 現地プログラム推進事業 活動報告 : 3月の渡航調査に向けて
● そ の 他 : ホームページURL変更のお知らせなど