事務局日誌: 最近のタンザニアの変化に思う

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2/17~3/10にかけて、タンザニアでの現地調査を実施した。事業の状況については各事業報告のページををご覧いただくとして、ここでは今回の現地入りを通して感じた、変わりゆくタンザニアについて感じたままに書いてみたい。

まず何と言っても都市部での渋滞。とくにダルエスサラーム。これはもうヒドイ。数年前から朝夕はすでにマヒ状態であったが、限界を超えた感じがする。空港から市内まで空いていれば20分のところを、1時間近くもかかることがある。まだナイロビの渋滞よりは良いかも知れないが、都市としては狭いダルエスサラームにいまや次々と高いビルが建ち、増え続ける車と相まって、これでは小手先の道路整備くらいではとても追いつかないだろう。郊外への分散化を大胆に進めないと、華やかなビル群の足下で、じつは都市機能はマヒ状態なんてことになりかねない。

しかしほとんど動かない車からは、おかげさまで(?)変わりゆく街並みをゆっくり眺めることができた。とにかく建設ラッシュ。以前なら「これが地震国日本だったら、あの細い柱ではすぐに倒壊だな、くわばらくわばら」などど思っていたものだが、いまのすっかり沈滞した日本の目から見ると、「これが経済成長5%というものか・・・」と、自分の感じ方まで変わっていることに気づく。道ゆく車は、どれも日本の庶民でもなかなか手が出ないような四駆の高級車ばかり。

もっともこれを「発展」として、諸手を挙げて喜ぶのは早合点だろう。明らかに増えた物乞い、置き去りにされる農村部。それが良いとは言わないが、等しく貧しかったタンザニアで、ピカピカ光る高級車を見る度に、どうしようもなく広がりゆく「持つ者」と「持たざる者」の格差を思う。はたして目にしているものは、等しく豊かになるための一過程なのだろうか、それとも・・・。

“Tata Motors Limited”と書かれた大きな社屋が目にとまる。20万円台の車を売り出して、世界の耳目を集めたあのインドの自動車メーカーだ。これまで気付かなかっただけなのかも知れないが、「遂に進出したのか」と思った。そういえば数年前、インドではおなじみのオートリクシャがダルエスサラームにお目見えし、珍しいなと思っていたら、あれよあれよという間にタクシー代わりのニュービジネスとして普及してしまった。さらにここに来て目を見張るのが、中国製のバイク。いつの間にこんなに増えたのか??少ないながら、バイクといえばホンダだったはず・・・。中国企業はタンザニアで青島ビールまで製造するらしい。輸入ではなくて「製造」だ。やり過ぎだろうと思わなくもない。しかしやがて青島ビールが、タンザニアのビールを駆逐していく日が来るのかも知れない。ホンダのバイクのように。BRICSの圧倒的勢いというものを、肌で感じる。

さきほど置き去りにされる農村部と書いたが、じつは都会の変化のように激しく変わりつつあるものもある。それは、目に見えるものではなく、”若者たちの意識”だ。私たちの活動の主力地であるキリマンジャロ山の農村部では、これまでも、基幹産業であったコーヒー産業の凋落とともに、農業(と村)を見限り、都会へと流れる若者が続出していた。もはや将来コーヒー農家になりたいと考える若者はほとんどいない。ただいずれにしても、これまでは村の中に将来性を見出せないという、消極的理由がほとんどであった。

しかし今回村の若者たちの何人かと話をしていて驚いた。「身につけた技術で国に尽くそうと思ったら、村ではダメなんだ」、「海外留学してさらに学識を深めたい」、「腐敗や縁故主義など、この国には能力を正当に評価する仕組みがない。自分の能力を発揮するために、海外で働くことを考えている」などなど。いつの間にか、こんなにも若者の意識は変わったのだろうか。正直驚いた。もちろん私が話したのは、村でもそう多くはない、少なくとも高校までは出た若者たちである。彼らの意見が、タンザニアの殆どの若者の意見や考えを代表しているわけではない。しかしこれまでも同じように高校を出た若者たちと話す機会は多くあったが、自分の能力をどこで活かすべきなのか、いかに活かすべきなのかを、明確に言い切れる若者はそれほどいなかった。タンザニアの未来は明るい!か?

若者たちはホワイトカラーに憧れ、次々と故郷を離れていく。農業を「遅れた」、「格好悪い」職業として敬遠する。地域を支えた地元の産業(農林業)は衰退し、お年寄りだけが残る。継ぎ手のいなくなった畑、手入れがされなくなった山林は荒れ始める。どこの国の話だろうか?キリマンジャロ山で今まさに起きつつある現実、その一側面である。

「この国では自分の能力を正当に発揮でき出来ないので、海外で働く」と言った件の若者(女子大生)に、「その国を変えるために、あなたの能力を活かすこともできるのでは?」と聞き返してみた。彼女はそれには答えてくれなかった。ただその顔は、納得したような顔ではなかったが。

日本では、Uターン、Iターン、Jターンなど、若者が地方や地域をあらためて見つめ直すようになって久しい(好むと好まざるとに関わらずという面はあるが)。一次産業の中に未来を見いだす青年起業家もいまや少なくない。一度行き過ぎた振り子は、やがて元に戻るものなのかも知れない。あるいは、廃れたものの中にこそ、次のチャンスは潜んでいるものなのかも知れない。しかし振り子が行き過ぎてしまう前に、先例に学び、バランスの取れた発展、進歩のあり方というものは無いのだろうか?少なくとも、国民が満足に食べられない国に、発展も進歩もないのは明らかだ。

コーヒーに湧いた、かつての活気あるキリマンジャロ山の村々の姿は今や無い。しかしタンザニアという国における、この山麓地域の持つポテンシャルはいささかも変わるものではない。気候も、土壌も、資源も、そして営々と築かれてきた優れた農耕システムも。若者に農家を継ぐことも考えてみたら?などと言うつもりは毛頭ない。ただ地域とのバランスの取れた発展を、その高い意識とともに、頭の片隅にでも置いて貰えたらと良いなと思っている。先祖の築いた叡智とともに、自分たちの地域の秘めたる可能性を、忘れず見つめ続けて欲しいと思っている。当会でも、対象を若者だけに限らないが、「地域」や「地域性」に視点を据えた新たな取り組みに今後注力していきたいと考えている。

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