2013年 その他事業の活動履歴


 ●2013年  11月 裁縫教室−政府認定校への壁
          10月 京都大学からの活動視察を受け入れ
           8月 伝統水路最新調査報告
           5月 テマ村の道路補修を実施
           2月 新規支援先のサカヨ中学校の生徒たち奮闘!




■ 裁縫教室−政府認定校への壁('13/11)■


TEACAの運営する裁縫教室は、これまでタンザニア教育職業訓練省管轄下にある職業教育訓練公団VETA(Vocational Education and Training Authority)の民間認定校として、卒業生には、技術認定のための国家資格試験受験資格が認められていました。

しかしVETAの教育訓練制度の変更(Competence Based Education and Training (CBET) systemの採用)により、これまでの民間認定校はすべてその資格を失うことになりました。このためTEACAの裁縫教室も、2011/2012年度の受験を最後にその後国家試験が受けられない状態となっています。

TEACAは再度裁縫教室をVETAの公式認定校として登録して貰うべく、VEAT側と折衝していますが、状況はあまり芳しくないといえます。認定校となるためには教場設備、資機材、生徒の収容力、カリキュラム等々、2cmほども厚さのあるマニュアルにびっしり記載された認定要件をクリアしていく必要があります。

TEACAは認定校となるため、すでにタンザニア北部地域担当の教育訓練調整官による裁縫教室の調査も受け入れ、いくらかの設備拡充が必要である旨の指摘を受けましたが、それ自体はあまり大した問題ではありません。また調整官はTEACA裁縫教室の卒業生がほとんど全員国家試験に合格していることを知り、非常に満足して調査を終えました。

しかしだからといって認定校になれるわけではありません。先のマニュアルでもっとも大きな壁となっているのが、教師のキャリアです。専門学校を卒業し、政府の技術訓練校で数年以上の指導経験がある教師であることが、認定校となるための資格要件の一つとなっています。そうしたキャリアを持つ人材は、みな都会や町で職を得て働いており、山間の村にある裁縫教室ではとても確保できません。もちろん高いサラリーを払えば不可能ではありませんが、TEACAにはその資金はとても捻出できません。

ただ認定校となること自体、まだ諦めたわけではありません。設備の拡充を図り、申請書類の準備はそのまま進める計画です。教師については、こちらの能力の範囲内で受け貰えそうな人を探し、また現在の裁縫教室の教師を政府の専門学校に通わせ、必要な資格要件を満たせるようにする等の方策を考えています。

すぐには結果は出そうもありませんが、認定校となるべく辛抱強く手を打っていくしかないだろうと考えています。


TEACA裁縫教室で編み物を学ぶ生徒たち

TEACA裁縫教室で編み物を学ぶ生徒たち




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■ 京都大学からの活動視察を受け入れ('13/10)■


TEACAと地域連合によるキリマンジャロ山の新たな森林保全・管理を目指した取り組みは、この1年をかけていよいよ国立公園法の改正に向けた本格的なアプローチを開始する予定です。

こうした彼らの取り組みは、海外からも含め徐々に注目を集めつつあります。そんな中、今回京都大学アジア・アフリカ地域研究科から、准教授2名、院生5名のみなさんによるTEACAの活動視察を4日間の日程で受け入れました。

視察したのは苗畑、養蜂、改良カマド、穀物貯蔵、裁縫教室、テマ・ルワ・ロレマレラの各村の植林事業地、国立公園内の旧バッファゾーンの森で、最終日にTEACAとのミーティングを実施しました。また期間中はテマ村の村人の家に分散ホームステイし、キリマンジャロ山での村人たちの生活の様子にも触れて頂きました。

京都大学といえば、タンガニーカ湖東岸にあるマハレ山塊国立公園での半世紀にわたるチンパンジーの研究でつとに知られていますが、今回視察受け入れをしたみなさんも、タンザニア各地にそれぞれフィールドを持って研究活動をされておられます。そうした視点からも、TEACAやキリマンジャロ山での取り組みをご覧いただくことは、受け入れる現場側にも大きな学習と新たな発想に繋げる機会になるものと考えました。

今回の視察では、とくにTEACAや地域の考える新たな森林保全・管理の仕組みにおいて、その中に「森林資源利用」(とくに家畜飼料の採集)を明確に位置づける必要があるのではないかとの指摘が多くされました。現地で資源利用を前提としない森林保全・管理は、現在の国による管理の実態からも破綻していることは明白で、今後の仕組み作りにおいてそれを「明確に位置づける」ことは重要でしょう。またさらに一歩踏み出して、森林の伐採をも含む持続的な利用の可能性さえも検討の対象となるものと考えます。

今回の視察を通してご指摘いただいた点は現場にフィードバックし、あらたな森林管理の仕組みを構築していく中で、考慮すべき視点として活かされるようにしていくつもりです。


TEACAの事務所でキリマンジャロ山の森林の現状を説明するパネルの説明を受けている京都大学のみなさん。

TEACAの事務所でキリマンジャロ山の森林の
現状を説明するパネルの説明を受けている
京都大学のみなさん。




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■ 伝統水路最新調査報告('13/08)■


キリマンジャロ山に暮らすチャガ民族は、彼らの優れた伝統農法である"Kihamba"とともに、そのKihambaへの灌漑や生活水確保のため、山腹に縦横無尽に張り巡らせた水利システム"Mfongo"を発達させてきたことで知られています。

とくに当会の主活動地であるテマ村を含むムボコム地域は、このMfongo建設において優れた技術を保持していたことが明らかとなっています。かつてチャガ民族は、キリマンジャロ山のそれぞれの尾根を基礎的勢力範囲とする、父系クランに基づく自律的氏族集団社会を形成しており、各集団は封建的権力(土地分配権、調整権、労働者や兵士の徴集権等)を持つ世襲制の首長"マンギ"によって統治されていました。チャガ民族の伝統水路Mfongoは、こうした各尾根をベースに発達を遂げていったのですが、ムボコム地域では1800年代後半にマンギであったMlatieが、水路建設技術において伝説的英雄であったようです。

彼はその技術故にしばしばムボコム地域を留守にし、他地域での水路建設にもあたっていたようですが、当時キリマンジャロ山の尾根では地域同士での争いが絶えず、ムボコム地域は何度か蹂躙された歴史を持っていることから、Mlatieが善意で出掛けていったというよりは、捕虜として連れて行かれた可能性もあります。

いずれにしろ、こうした逸話からも、ムボコム地域が優れた水路建設技術を持っていたことを窺い知ることが出来ます。

さて、そんな水路建設の技術を誇ったムボコム地域にあるテマ村で、タンザニア・ポレポレクラブはGPSを使った水路の踏査調査を継続的に実施しています。これまでに村にある主要な5本の水路(マチャ、マエダ、ムボヤ、ムレマ、キセレチャ(※))と、隣村の水路1本(キディア)を調査していますが、最新の調査では隣村にあるムヲ(※)、ムリンゲニの2本の水路を調査してきました。

(※)現在キセレチャ、ムヲはいずれも放棄水路。

ムリンゲニ水路は、ポレポレクラブが復旧支援をしている伝統溜池(Nduwa)を水源とする水路として調査したものですが、もう1本のムヲ水路は、かつてテマ村にある水路としては、もっとも高度で複雑な技術を駆使して作られていたキセレチャ水路(参考情報はこちら)に連結させていた水路として、以前から調査したかった水路でした(写真1)。 ただし現在では両水路とも放棄されてしまっています。


(写真1)水路の流域図 ※クリックすると拡大します。  (写真2)岩盤を削って作った水路
  (写真1)水路の流域図 ※クリックすると拡大します。      (写真2)岩盤を削って作った水路


キセレチャ水路もどうやってこんな水路を建設したのかと驚くばかりですが、ムヲ水路もそれに勝るとも劣らない複雑な流路、造りをしており、チャガ民族の先人たちの知恵には舌を巻くばかりです。たとえば、背丈を超すほどの岩盤を通路のように削って水を通していたり(写真2)、いくつもの尾根が複雑に入り組み、自分の位置さえまったく分からない鬱蒼とした森の中を、このムヲ水路は水源から村まで延々8kmも水を引いてきていたのです。測量機器などなかった時代の人たちが、「あそこからこう通せば村まで水が来る」とどのようにして知ることが出来たのか、不思議でなりません(チャガ民族の言い伝えでは、祖先に遣わされたアリが、行列を作って水路を引く経路を教えてくれたとか)。

写真1にキセレチャ水路とムヲ水路が示されていますが、この写真にある黄色の線が、かつて2つの水路を結びつけていた水路です。キセレチャ水路はいくつかの支流に分流させることで、広いテマ村の西側半分にある主要な尾根をほとんどカバーしていました。その一方で、十分な水量を確保することに苦労しており、元々の水源であるムルスンガ川以外にも、さらに別に補助水路を引いてくることで水量の増大を図っていました。そしてこのムヲ水路は、それとはさらに異なる水源から水を引いてきて、キセレチャ水路に合流させていたものなのです。

冒頭部分で述べたように、かつてチャガ民族は、尾根を一つの単位として氏族的集団社会を形成しており、水路も特定の氏族の所有であることが普通です。従って水路名にもその氏族の名が付いていることがあります。ところが複数の尾根をカバーするキセレチャ及びその水源の一つであるムヲ水路には、支流を含め、氏族名を冠した水路がありません。普通なら貴重な水を巡って、氏族間で水争いが起きても不思議ではないのですが、この水路からは、各尾根に暮らす氏族がみんなで仲良く水を分け合っていた姿が浮かび上がってきます。それは、これだけの水路を建設するには、多くの氏族が力を結集しなければならなかったということを物語っているのかも知れません。

このように歴史的にも、構造的にも、氏族間における位置づけやその果たしてきた役割からいっても、両水路のムボコム地域における存在は大きかったといえるでしょう。

いまでも村の長老たちに「皆さんの森の自慢は何ですか?」と聞くと、間髪を入れずに「Mfereji(伝統水路)」、「Nduwa(伝統溜池)」、「Kihamba(伝統農法)」という返事が返ってきます。それほど彼らにとって、この3つは森とは切っても切れない存在として認識されています。その一方で、多くの若者たちは、伝統水路を「古いもの」「面倒くさいもの」(=泥さらいなどのメンテナンスが必要)として顧みようとはしなくなっています。

私たちはこれまで、森と生活の場を直接結びつける存在として、この伝統水路に着目してきましたが、中でもこの2つの水路は、ムボコム地域に根付いていた優れた水路建設技術を今に伝える貴重な存在として、地域の誇りともなるものだと考えています。

多くの村人たち、とくに若者たちが、キセレチャ水路やムヲ水路を通して地域に誇りや自慢を見いだしてくれることは、とりもなおさずそれらを支えてきた森への思いや愛着を、一層深めてくれるものになるだろうと考えています。当会ではそうした視点に立って、伝統水路の調査に継続的に取り組んできており、調査によって蓄積されたデータや情報を如何に次世代に伝え、引き継いでいくことができるかは、重要な課題だといえます。

その一方で、そうしたものを私たちが伝えることには、もちろん限界があります。村の大人たち、そして若者たちが、「失ってはならない自分たちの誇り」という"心"と"思い"を共有してこそ、はじめて何かが人々の「心」と「思い」の中に脈々と受け継がれていくものだと思うからです。

たんに調査を実施するだけでなく、そこで得られたものを如何に大人と若者の意識の共有をはかるために役立てていくことが出来るかに、心をくだいていかなければならないでしょう。


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■ テマ村の道路補修を実施('13/05)■


道路整備の様子1 道路整備の様子2



当会が長く活動しているキリマンジャロ東南山麓にあるテマ村は、同山の標高約1,300m〜1,800mに位置している。地形が急峻であるため、山麓に暮らすチャガ民族の伝統自家農園である"Kihamba"も、まるで山肌にへばりつくように存在している。

こうした地形なので、山を下りた低地で栽培されているメイズ(モロコシ)の収穫時などは大変である。荷台付きのバンや4tトラックなどに、横転するのではないかと思われるほどメイズを満載し、山道を登ってくるが、あまりに急なので、車が登れなくなってしまうこともしばしばである。

これが大雨季ともなると、荷物など積んでいなくても、四輪駆動車でさえ身動きが取れなくなる。道はドロドロ&ツルツルで、靴もタイヤもまるでグリップしなくなる。斜めにしたスケートリンクの上を歩いている状態、と思っていただくと、現場の状況にかなり近くなる。

そこで当会では、毎年少しずつ、この村の道に砂利(モラムと呼ばれる溶岩を砕いたもの)を敷く支援を行っている。今回は村の中でももっとも難所となっている道に、トラック7台分の砂利を敷いた(写真)。

現地ではちょうど今が大雨季。"バケツをひっくり返したような"というより、"滝のような"雨が降る。道はあっという間に川のようになるが、砂利を敷き詰めた道はそんな環境でも、車(ただし四輪駆動車)で登り下りできるようになる。

今後もこの支援は継続実施していく予定である。



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■ 新規支援先のサカヨ中学校の生徒たち奮闘!('13/02)■


現在私たちタンザニア・ポレポレクラブは、カウンターパートのTEACA(Tanzania Environmental Action Association)とともに、キリマンジャロ山での地域主導による森林保全・管理の実現に向けた取り組みをしています。

その取り組みに参加しているのは、モシ県でキリマンジャロ山の国立公園に境を接している36の村々(国立公園から上が、森林帯となっているため)。私たちは今年度、その一つであるマラングー地域ムシリ村にあるサカヨ中学校に、当該地域で村人たちが国立公園内植林に取り組めるよう、新規苗畑を立ち上げました。

ただ実際の植林そのものは、昨年6月の大雨季に、第1回目が取り組まれています。この植林地はかつてタンニン採集のためにブラックワットルが植えられていた場所で、収穫時に皆伐され、その後再植林されることもなく、丸裸のまま放置されてきた所です。

現場は見渡す限り雑草が生い茂っていますが、苗木もそんな中に植わっています。そのまま放置すると苗木が枯れてしまうため、サカヨ中学校ではこうした雑草の刈り払いを実施することにしました(写真)。ただ、むやみに刈り払いをすると苗木まで傷めてしまうため、TEACAのリーダーが同行し、植えられている苗木の特徴や植林間隔を教え、みんなで一斉に刈り払いに取り組みました。

なにせ対象面積は広大です。日本人だと1時間もやるともうヘトヘトで腕が上がらなくなりますが、そこを生徒たちは丸々一日がんばってくれました。植林地の状況にもよりますが、苗木が草の背丈を超えるまで、こうした作業を5年間は繰り返さなければなりません。

刈り払いをした植林地としないで放置した植林地とでは、活着率にも大きな違いが出てきます。最悪の場合、全滅することもありますから、生徒たちのがんばりは必ず結果となって現れてきます。

サカヨ中学校のみなさん、本当にお疲れさまでした!



雑草の刈り払い





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