植林活動の取り組み状況


 ●2017年
  10月   近くて遠い森
   9月  
キリマンジャロ国立公園内での植林活動、住民の手に!
   6月  
国立公園内での大雨季植林、順調に進行中!
          (キリマンジャロ山における国立公園拡大の問題)
   5月  
国立公園内での大雨季植林始まる!
          (キリマンジャロ山における国立公園拡大の問題)
   4月  
国立公園内での大雨季植林
          (キリマンジャロ山における国立公園拡大の問題)
   3月-B 
「エデンの森」直下で樹高アフリカ一の木が発見!
        世界で話題に! (キリマンジャロ山における国立公園拡大の問題)
   3月-A 地域が示すキリマンジャロ山の新たな森林管理の姿
          (キリマンジャロ山における国立公園拡大の問題)
   3月-@ 破壊される植林地、村人の努力
          (キリマンジャロ山における国立公園拡大の問題)
   2月-A 明日からキリマンジャロ山の現地調査に入ります!
          (キリマンジャロ山における国立公園拡大の問題)
   2月-@ 国立公園が返ってくる!?
          (キリマンジャロ山における国立公園拡大の問題)
   1月-B なぜ国立公園が問題に?
          (キリマンジャロ山における国立公園拡大の問題)
   1月-A 森を守ってきた村人たちと"エデンの森"のシンボルマークが
        できるまで (キリマンジャロ山における国立公園拡大の問題)
   1月-@ 
大雨季植林に向けて各苗畑での育苗が進んでいます!
                       
 ■2016年分
 ■2015年分
 ■2014年分
 ■2013年分
 ■2012年分
 ■2011年分
 ■2010年分
 ■2009年分
 ■2008年分
 ■2007年分
 ■2006年分
 ■2005年分
 ■2004年分
 ■2003年分

2017年分はこちら


■近くて遠い森('17/10)■


写真1

写真1

キリマンジャロ山の麓から山を登っていくと、すぐに道の両側に「キハンバ」と呼ばれる畑が続くようになります。キハンバはバナナ農園と呼ばれることもあり、確かにバナナの葉っぱがひときわ目立って見えます。しかし実際には、バナナの下やその周りにはあのキリマンジャロコーヒーやイモ類、薬草や牛の飼料とするための草など、生活に必要となる様々な作物、植物が植えられています。

写真2

写真2

バナナの上の方を見上げると、今度はアボガドやモモなどの果樹や土を肥やす豆科の樹木など、多くの有用樹木もたくさん一緒に植わっています。

タンザニアの大部分が半乾燥サバナ気候である中、キリマンジャロ山は雨量に恵まれ、従って高い人口密度を抱えていました。従って多くの住民は狭い土地(農地)しか持たず、その中で生活を支えていく必要がありました。集約的な土地利用でも生産性を下げることなく、さらにそれをいかに持続的なものにしていくか、また、生活に必要とされる資源をいかに確保していくか、そうした中から編み出されてきたのがキハンバ(写真3)です。

写真3

写真3

とはいうものの、必要な資源のすべてをキハンバで賄えるわけではなく、とくに日々の煮炊きに必要とされる薪や、家畜の飼料の多くは村の上部に広がる森からとってくる必要があります。薪だとキハンバで賄えるのは必要量の3割程度という調査結果があります。

またキハンバは、その中に家畜と水路(伝統水路)を巧みに組み込んだ農耕システムとしても知られており、それらが高い生産性を長く維持する不可欠の要素となっていました。水路の水源は森の中にあり、その水源と、森の中を縫うようにして流れてくる水路をメンテナンスし守っていくことは、キハンバの維持ひいてはキリマンジャロ山に暮らす多くの住民の生活を守っていくために極めて重要な位置を占めていました。

しかしその森が国立公園に取り込まれ、人々は薪や飼料など生活資源の採取や、水源、水路の管理、維持の自由を奪われることとなりました。薪、飼料の採取は女性に限り週2回許されるところとなりましたが、こうした重労働が限られた日数にすべて女性の肩にのしかかることとなり、しかも女性だけではそれらを十分に集めることが出来ません。家畜を手放すしか選択肢がなくなる住民も多く、生活を支えてきた森を国立公園として取り上げたことは、地域住民の生活権を著しく侵害した状態となっています。

村を抜ける道を上り詰めると、目の前にかつての彼らの生活の森(ハーフマイル・フォレスト・ストリップと呼ばれるバッファゾーンの森)が広がっています(写真4)。多くの村人たちが利用してきた森であり、それゆえ彼らが大切に守ってきた森です。

写真4

写真4

いま、村人たちにとって、その目の前にある森の何と遠いことでしょう。手の届きそうなところにある森と彼らの間には、排除という目に見えない壁が立ちふさがっています。

私たちは森を守っていくための植林への協力はもちろんですが、人々が森の持続的管理と利用の権利を取り戻し、何より、「平和に」、「安心して」暮らしていける環境を取り戻すために、これからも精一杯力を尽くしてまいります。


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当会はキリマンジャロ山の森を守っていくためには、住民排除による国立公園化ではなく、キリマンジャロ山の森林保護の過去の歴史と事実が示しているように、排除の対象とされた地域住民こそが主体となった森林保全・管理がもっとも効果的、持続的であり、必要とされていると考えています。しかしその取り組みのための資金が足りないのが、残念ながら現状です。

キリマンジャロ山の住民とともに、地域住民主導による森林保全・管理の実現を目指す当会の取り組みへのご支援を、ぜひお願いいたします!

●ご寄付
 ・ネットでのご寄付 → こちら
 ・郵便振替でのご寄付→ 郵便振替口座番号: 00150−7−77254
                 加入者名: タンザニア・ポレポレクラブ
 ※ 郵便振替の場合は、備考欄に「植林指定」とご記入ください。

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■キリマンジャロ国立公園内での植林活動、住民の手に!('17/9)■


植林地に集まる村人

キリマンジャロ山の国立公園内でこの大雨季、地域のイニシアティブによる植林がついに実現しました。この植林は、キリマンジャロ山の南〜東山麓にかけて直線距離でも約30kmにわたる広範なエリアで、多くの村が参加して実施されました。

植林地

画像中の白丸印が、今回植林が取り組まれた場所


今回の植林には、これまで積み重ねてきた取り組みによる大きな成果が2つありました。一つ目は、それがキリマンジャロ山の森林保全活動の実質的な転換点となったことです。40村が連携したことは、これまでバラバラに取り組まれていた保全活動が、今後は地域共同による保全体制に切り替わったことを意味しています。

しかし何より大きいのは、住民の生活の森であった「ハーフマイル・フォレスト・ストリップ(HMFS)」が国立公園に取り込まれて以来、武器と暴力によって徹底的に排除されてきた村人たちが、植林をし森を守っていく権利を自分たちの手に取り戻したということです。

植林地に向かう村人たち@

植林地に向かう村人たち


今回の植林は計画から実施まで40村が協議して決め、それを政府側が認める形で実行されました。これはHMFSの森林保全は地域がイニシアティブをとることを明確にしたことであり、その流れは今回の植林が実行されたことで不可逆的なものとなりました。

もちろん国立公園拡大による問題がこれで解決したわけではまったくありません。住民たちの生活権、生存権に対する深刻な侵害(森林資源利用の制限)は未だに続いたままであり、この問題が解決しない限り、武器と暴力による恐怖が世界遺産の山で続くことになります。

当会は、村人たちが「森を守る」権利だけでなく、その森と「共に生きていく権利」の回復に向けて、これからも一歩一歩活動の歩みを進めてまいります。

植林地に向かう村人たちA

植林地に向かう村人たち

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当会はキリマンジャロ山の森を守っていくためには、住民排除による国立公園化ではなく、キリマンジャロ山の森林保護の過去の歴史と事実が示しているように、排除の対象とされた地域住民こそが主体となった森林保全・管理がもっとも効果的、持続的であり、必要とされていると考えています。キリマンジャロ山の住民とともにその実現を目指す当会の取り組みへのご協力、ご支援をぜひお願いいたします!

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■国立公園内での大雨季植林、順調に進行中!('17/6)■


植林地に集まる村人

今にも雨が降り出しそうな天気の中、植林地に集まってきた村人たち


キリマンジャロ山では国立公園内に広がった荒廃裸地での、地域住民主導による植林が順調に取り組まれています!

前回ご報告しましたように、今回の植林はキリマンジャロ山の南山麓〜東山麓を8ブロックに分けて実施しました。地域住民の生活の森であったハーフマイル・フォレストストリップ(HMFS)が国立公園に取り込まれる以前、個々の村による植林が取り組まれることはありましたが、森全体を地域が連携して守っていくという意識のもとに取り組まれた植林は初めてのことになります。

キリマンジャロ山で地域による森林保全・管理、資源管理が実現するかはまだ分かりませんが、今回の植林は、将来のその姿をたとえ一部とはいえ、実体として具体的に示したといえます。それは政府関係部局や住民参加を掲げる国連機関も、決して描こうとしてこなかった姿です。

植林地

ここも今回の植林地の一つ(かつての政府による森林プランテーションの跡地)


植林は一ヶ月以上にわたって続けられます。いまこそ雨が降っていますが、昨年末の小雨季には雨が降らず、今年に入ってからはどの村もカラカラの状態でした。一時は植林用の苗木が確保できるか本当に心配されたのですが、各村で山引き苗の確保に努めたこと、バックアップ用に上乗せで育てていた苗木を確保できたことから、1万本の植林を実現できそうです!

苗木の準備

植林地で育苗ポットに切り込みを入れ、苗木の準備をしています


今回の植林には、できれば副大統領府から大臣を招きたいと考えています。実現できるかは分かりませんが、もし実現できれば、キリマンジャロ山での森林の地域管理に向けて、大きく弾みをつけることが出来ると考えています。

植林に取り組む村人たち

急峻な斜面で植林に取り組む村人たち



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当会はキリマンジャロ山の森を守っていくためには、住民排除による国立公園化ではなく、キリマンジャロ山の森林保護の過去の歴史と事実が示しているように、排斥の対象とされた地域住民こそが主体となった森林保全・管理がもっとも効果的、持続的であり、必要とされていると考えています。キリマンジャロ山の住民とともにその実現を目指す当会の取り組みへのご協力、ご支援をぜひお願いいたします!

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■国立公園内での大雨季植林始まる!('17/5)■


苗木の搬出@ 苗木の搬出A

村の苗畑から植林地に苗木を搬出中!
以下の写真でもいろいろな村で植林に向けた準備が進められている様子をお伝えします。


キリマンジャロ山麓でいよいよ40村の協力による国立公園内での大雨季植林が開始されました。

40村の地域連合は、4月から始まる大雨季植林に備え、今年に入って早々に政府関係部局に対し、地域住民による国立公園内での植林に許可を出すよう求めていました。

ところがその許可がなかなか下りず、タンザニアの環境政策を統括している副大統領府の環境大臣に直談判するなど紆余曲折はありましたが、ついにその許可が下りました。この許可には大きな意味があります。なぜならかつての住民たちの生活の森(ハーフマイル・フォレスト・ストリップ、以下"HMFS"と表記)が国立公園に取り込まれて以後、そのエリアでの植林許可は、唯一当会のカウンターパートに対してのみ出され、しかもその植林は州政府の植林計画の一環として実施されてきました。つまり、地域住民による植林活動は一切認められなかったのです。

植林

今回の植林許可は、森林に沿う40村が共同で立案し、地域の総意として提出した「HMFS植林計画」に対して出されたもので、このことは、これまで住民による環境保全活動を阻み続けてきた国立公園の壁を、ついに住民たちが乗り越えたことを意味しています。そしてこれは地域が目指すHMFSの自主管理に向けた大きな一歩といえます。

その植林ですが、キリマンジャロ山の南〜東山麓の旧HMFSを8ブロックに分けて取り組みます。タンザニアの独立後、HMFSにおいて村やグループが個別に取り組む植林はありましたが、地域が一体となって横断的に取り組む植林は過去例がありません。そしてこれがキリマンジャロ山の森林管理の目指すべき姿だと考えています。

今大雨季は、すべて原生種で約1万本の植林を目指します(この数字は国立公園内に限定した数字。それ以外に村のエリアでも植林は取り組まれます)。植林作業は雨の中でも取り組まれますが、今年は相当激しく降っているようで、四苦八苦している様子が現地から伝えられています。

どの村人たちも「森を守るのは自分たちだ」との思いで懸命に頑張っています。"エデンの森"での植林もいよいよこれから始まります。現地から最新の写真が届きましたら、またその様子をお伝えしたいと思います。ご期待ください!!

苗木と子供


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当会はキリマンジャロ山の森を守っていくためには、住民排除による国立公園化ではなく、キリマンジャロ山の森林保護の過去の歴史と事実が示しているように、排斥の対象とされた地域住民こそが主体となった森林保全・管理がもっとも効果的、持続的であり、必要とされていると考えています。キリマンジャロ山の住民とともにその実現を目指す当会の取り組みへのご協力、ご支援をぜひお願いいたします!

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■国立公園内での大雨季植林('17/4)■


現地では森林を取り囲むすべての村(モシ県、40村)の連携による植林が、実施に向けて着々と準備が進められています。これまで個々の村が取り組む植林はありましたが、キリマンジャロ山で地域全体が一つになって取り組む植林は初めてのこととなります。

そして4月10日、現地から国立公園内で取り組まれるこの植林に対して、ついに政府からGOが出そうだとの情報が入ってきました。今のキリマンジャロ山で、地域の人々の立案による計画が許可される意味は計り知れないほど大きいといえます。なぜなら、それは今回のみならず、今後も村人たちが主導して森を守っていくことに道を開くことを意味するからです。

「エデンの森」のシンボルマークをデザインしたステッカーも、この2、3月に現地の村々で話し合いをした際、村人たちの並々ならぬ思い入れを実感してきました。彼らは、キリマンジャロ山には地域住民が守ってきた誇りの森が存在するということを、地域一体となって訴えていこうとしています。これから「エデンの森」は、キリマンジャロを訪れる多くの人々の目に触れていくことになるはずです。

世界遺産に指定された少なからぬ地域で(人の命まで失われているかは別として)、今のキリマンジャロ山と同じような問題が起きています。そしてその問題は私たちの耳に届くことはありません。私たちの取り組み(=世界遺産キリマンジャロ山で、地域住民主体による森林保全・管理を実現すること)は、そうした多くの地域の問題を直接解決することは出来ません。しかしキリマンジャロ山で人と自然、人と世界遺産そのものが偽りなく共存している仕組みを築いていくことは、その他の地域にも先進的な事例となり、影響を与えていくものと信じています。

その実現に向けた一歩(今大雨季の国立公園での40村の地域連携による植林)を、これから地域の人々とともに踏み出します!

TEACAの苗畑

大雨季植林に向け準備が進む苗畑

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■「エデンの森」直下で樹高アフリカ一の木が発見、世界で話題に!('17/3-B)■


キリマンジャロ

現地調査時に姿を見せたキリマンジャロ山


最近、アフリカ大陸でもっとも樹高の高い木がキリマンジャロ山で発見されたというニュースが世界を駆け巡ったのをご存じでしょうか?(以下のリンクURL参照)。センダン科のEntandrophragma Excelsumという木ですが、樹高は81.5mで世界でも6番目に高い木だそうです。

(デイリーニュース:https://www.newscientist.com/article/2114073-africas-tallest-tree-measuring-81m-found-on-mount-kilimanjaro/)

そしてこの木が発見されたのが何と"エデンの森"の直下!高い木があることは以前から分かっていましたが、今回初めて正確に樹高が計測され、アフリカ大陸一であることが確認されたのです。木はムルスンガという川が刻む深い渓谷の中にあって、下流側からのアクセスが困難な場所にあります。辿り着くにはエデンの森を突っ切って行くしかありません。

ムルスンガ川

ムルスンガ川が流れる渓谷。奥に写っているのが "エデンの森"

「危険だから近づくな」とは言われたものの、現場は村に接しているので、村の境界を歩けばそのまま目に飛び込んできます。その現場の状態が写真2になります。ここはもともと政府の伐採により裸地化していた場所を村人たちが植林し森に戻した場所ですが、その森が見るも無残な姿をさらしていました。

エデンの森はもともとキリマンジャロ山の天然林と人の暮らすエリアとの中間にあって、天然林を保護するための「バッファゾーン(緩衝帯)」としての役割を担ってきました。今回の発見は、地域住民が守り抜いたエデンの森が、まさに防波堤となってこの木を守ってきたことを図らずも証明することになったのです。

村人たちがこのニュースに大喜びしたのは言うまでもありません。「エデンの森を守ってきて良かった!」と口々に話してみんなで喜びを分かち合っていました。今回、副大統領府や世界遺産を管理するユネスコのタンザニア代表事務所とも話し合いをしてきましたが、エデンの森を知らない彼らも「あのアフリカ一背の高い木がある場所なんですが」というと、「えっあの木がある場所なの!?」と目を丸くして驚きます。

マヌ小学校

各村で育てられている苗木。ここはキリマンジャロ東南山麓の標高約1,700mにある
マヌ小学校。先生も生徒たちも本当に熱心に植林に取り組んでいます。
植林現場であるかつて丸裸だった尾根には、立派な森が甦りつつあります


ところが、「そんな貴重な木がある場所は国立公園とすべきだ」という議論がいま出てきています。世界に名の知れた生態学者がそう言えば誰も反対しません。一体誰が森を守ってきたのか、なぜその木が今もそこにあるのか、どのような管理手法がもっとも持続的で効果的なのか、そうした議論は一切されることがなく、ただ国立公園にせよと言います。これはもう自然保護という名の暴力でしかありません。

「世界はオレ達のことなんか見ないのさ。アフリカ一の木なんて発見されない方が良かった」。またも自分たちを蚊帳の外に置いたまま進められるこのような議論を知るにつけ、喜びもつかの間、村人たちの間には失意と悲しみが広がっています。

木を見て森を見ず、森を見て人を見ず。こんな愚かなことをいつまで世界は繰り返すのでしょうか。人にとっても、森にとっても、動物にとっても、いつまでも"エデン"(楽園)であり続けて欲しい。そう願い、森を守ってきた村人たち。自然さえ守られればそれで良いというキリマンジャロ山を覆ういまの保護政策は、そうした住民たちの願いとはあまりにも遠くかけ離れたものです。


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■地域が示すキリマンジャロ山の新たな森林管理の姿 ('17/3-A)■



村の苗畑で苗木の数を確認しています('17年3月撮影)

村の苗畑で苗木の数を確認しています('17年3月撮影)


当会は3月18日までの約1ヶ月間、プロジェクトフォローのためキリマンジャロ山入りしていました。タンザニアでは4月から本格的な大雨季が始まり、この時期は植林の実施に向けて各村と最終的な実施計画の策定を行う必要になります。

現地ではそれぞれの苗畑の状況を把握するため一つ一つ村を訪ねて回ります。そして村長さんや苗畑を管理している村の環境委員会のメンバー、苗畑グループの人たちと樹種別の育苗数、生育状況などを確認していきます。問題があればその場で原因や対応状況を聞き取り、それらをもとに彼らと打ち合わせをし、植林計画の達成に必要な対策と具体的実施プランを確定していきます。


苗畑で問題点の聞き取り中('17年3月撮影)

苗畑で問題点の聞き取り中('17年3月撮影)


今年は昨年末の小雨季にほとんど雨が降らなかったことから、どの村も水不足に陥っており、苗木が次々と枯れ植林も計画達成が危ぶまれる状況でした。不足する苗木は山引きの実生苗を使って対応することで何とか目処はついたのですが、キリマンジャロ山で減り続ける一方の降雨に「このままだとどうなってしまうのだろう」と村人たちからは不安の声が漏れます。


キリマンジャロ山の麓、モシの町での降雨量の変化(2017年は1月現在まで)

キリマンジャロ山の麓、モシの町での降雨量の変化(2017年は1月現在まで)
年間総雨量、小雨期の雨量とも減少しており、こうした状況に歯止めを
かけようと、キリマンジャロ山の住民たちは植林に立ち上がりました


今回の小雨期の降雨不足は何もキリマンジャロ山に限ったことではなく、タンザニア全土、隣国のケニアまで含む広範なものです。その意味でキリマンジャロ山にだけ何か特別な原因があるというものではありませんが、数多くの枯れた泉、水を失った給水パイプラインを目の当たりにすると、キリマンジャロ山の森林回復にもはや一刻の猶予もないと強く感じます。

この大雨季、キリマンジャロ山の森林に沿う40の村々(モシ県)はお互いに連携し、地域一体となって植林に取り組もうとしています。このような地域横断による植林、森林保全活動はキリマンジャロ山では初めてのこととなります。そしてこの動きに隣のロンボ県からも今後の連携を打診する声が上がってきています。

森を取り囲む村々による「統一的指針に基づく森林の地域一体管理」は、降雨の減少など、彼らが感じている不安に具体的にどう対処していくか、地域の人々が導き出した明確な答えだと言えます。それは過去の政府による一貫性を欠いた不適切な森林管理が森の劣化を招いてきたという経験を踏まえ、キリマンジャロ山であるべき新たな森林保全・管理の姿を示した地域の知恵だと言えるでしょう。

この大雨季の40村の地域連携による共同植林は、その実現に向けた第一歩となるものです。



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 ■破壊される植林地、村人の努力('17/3-@)■



伐採されたエデンの森の境界

国立公園公社によって伐採されてしまった「エデンの森」の境界


キリマンジャロの村に入って2週間になります。今回の現地入りで最重視していた目的の一つに、「国立公園が返ってくる!?('17/02-@)」でご報告したキリマンジャロ国立公園公社(以後「公社」と表記)による、国立公園エリアの一部利用許可と、村との境界ラインにおける10.5m幅での伐採の実態確認があります。

現地に着いてまず言われたのは、「危険だから近づくな」という村人たちからの警告でした。つまり、伐採による分断ラインの造成は事実だということです。そして村人たちの言葉からも、この分断ラインの造成が村人と公社との関係を一層悪くしていることが実感されました。

一方、先のご報告に間違いがあることも分かりました。情報では、村人が利用できるエリアとして10.5mを設定し、さらにその奥にあたる場所10.5mを伐採して分断ラインを造成するというものでしたが、事実はそうではなく、存在しているのは分断ラインのみで(幅も10.5mではなく10m)、村人たちが利用を許されるというエリアは一切存在していませんでした。

分断ライン

森林を伐採し造成された分断ライン

「危険だから近づくな」とは言われたものの、現場は村に接しているので、村の境界を歩けばそのまま目に飛び込んできます。その現場の状態が写真2になります。ここはもともと政府の伐採により裸地化していた場所を村人たちが植林し森に戻した場所ですが、その森が見るも無残な姿をさらしていました。

しかもここはいま国立公園であり、村人たちは落ちている薪を拾うことも許されません。一切の人為的行為を違法とする国立公園で、その国立公園を管理する公社がこのような森林の伐採を数十キロメートルにわたって行っています。村人たちが激怒しているのは言うまでもありません。一部の村は公社による伐採を拒否し、それを州知事が乗り込んで押さえ込むという事態になっています。さらに別の村では、公社が村のエリアに食い込んで勝手に分断ラインを造成したことから、怒った村人たちが国立公園に侵入し、食い込まれた分の木を切ってしまうという事件まで発生しています。

前々回の「国立公園が返ってくる!? ('17/02-@)」でも触れましたが、十分な説明をすることもなく生活の森を奪うという政府のトップダウンによる横暴な姿勢が、世界遺産の山でレンジャーによる村人の殺害にまで至る大問題を引き起こしています。ところが政府はそうした姿勢をまったく顧みることなく、またもトップダウンで物事を推し進めています。このような政府の態度には本当に辟易とさせられます。

代表会議、代表たち

3月4日に開催された代表者会議に集まった40村の代表者たち


そうしたなか、森林に沿う40村による地域連合は代表者会議を開催し、4月から始まる大雨季に向けた植林計画を立案、副大統領府への提出に向けて動いています。さらに副大統領府の大臣には実際に現場に来てもらい、地域住民がいかに森を守ってきたのかを見て判断してもらおうとしています。その森こそ、このプロジェクトで取り上げている「エデンの森」です。

以下のURLは、40村のリーダーが代表者会議の中で"どの森を見てもらうか"を話し合っている時の録音へのリンクです。その話し合いの中で真っ先に名前が挙がったのが、テマ村を含む複数の村の上部に広がっている「エデンの森」でした。「エデンの森」がキリマンジャロ山の森林に沿って暮らす10万を超す村人たちの想いと希望を背負った森であることが、ひしひしと実感されました。

  (録音はスワヒリ語ですが、20秒ほどのところで「エデンの森」の名前が挙がっています。「地域住民がどれほど森を守ってきたか、"エデンの森"こそその見本だ」と言っています)。
--> 副大統領府から大臣が来た時、多くの村に貼られている村人たちが守った誇りの森"エデンの森"のステッカーを、ぜひ目にして欲しいと思っています。そして森を切り開き人と自然を分断する自然保護政策が良いのか、地域住民の森を守る力を信じその上に立脚する保護政策が良いのか、その目で見て決断して欲しいと思っています。



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■明日からキリマンジャロ山の現地調査に入ります!('17/2-A)■



タンザニア・ポレポレクラブは明日(2月18日)から、国立公園内での植林の実行を各村と協議してくるためキリマンジャロ入りします。

現地では11月、12月が小雨季なのですが、昨年末の小雨季に十分な雨が降ってくれず、どの苗畑グループも育苗に苦労しています。私が現地に行くとその雨が降ることが多く、村人からは「お前は雨を連れてやってくるからありがたいよ!」とよく言われます。今回も降ってくれると良いのですが。。。

●副大統領府に問題提起
キリマンジャロ山では、国立公園拡大による人権・生活権の侵害、森林破壊の問題に立ち向かうために40の村々が立ち上げた地域連合が、この1月末にタンザニアの副大統領府に国立公園の問題を提起しました。

副大統領府はタンザニア全体の環境保全戦略を担っており、地域連合側は担当官に問題の詳細を説明してきました。副大統領府側はこの問題を深刻に受け止め、3月に環境大臣がモシに来て地域住民と会議を開催し、直接話をしたいと申し出てくれました。それが確実に実行されるか、まだ楽観してはいけないと考えていますが、実現すれば中央政府が(上意下達の説明ではなく)、初めて「住民の声を聞くため」に会議を開催することになり、問題解決に向けて大きく踏み出すことになります。

今回の現地入りでは、環境大臣による会議の実現に向けたフォローもしてくる予定です。また、前回の「国立公園が返ってくる!?('17/02-@)」でご報告した国立公園の管理組織(キリマンジャロ国立公園公社)による国立公園内での森林の切り払いの現場を実際に足を運び確認してこなければいけないと考えています。ただ現地からは「何をされるか分からないからやめた方が良い」と心配する声もあがっており、彼らの声を良く聞き慎重に判断、行動してくるつもりです。村人たちはこうした身の危険にもう10年以上もさらされており、まして女性や子どもたちにとってどれほどの恐怖なのだろうかと思います。

現地の状況を一歩でも二歩でも改善、解決に向けて進展できるよう、力を尽くしてまいります!




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■国立公園が返ってくる!?('17/2-@)■


2月に現地から驚きの情報が入ってきました。それは国立公園を管理している国の組織(キリマンジャロ国立公園公社。以後公社と表記)から、「住民が生活を維持できるよう、国立公園に取り込まれた森の一部を住民が使えるようにする」というものです。

これは本当に驚きの情報で、これまでの働きかけによってついに国が森の返還に向けて動き始めたのであれば、大きな前進ということができます。しかし残念ながら事実は異なります。なぜなら、彼らは「森の一部」に付け加えてこう言ったのです。「ただしそれは村の境界から10.5mだけ。そこからさらに10.5mは刈り払い(森林を伐採)し、そこからの先への侵入は認めない」。

前回「なぜ国立公園が問題に?('17/01-B)」でご報告したように、もともと山に暮らす村人たちが利用していた生活の森(Half Mile Forest Strip)の幅は平均してハーフマイル、つまり約800mありました。それが10.5mでも生活を維持できるとした根拠は一体何なのでしょうか?

図1

図1: Newmark, William D., et al. (1991) The Conservation of Mount Kilimanjaro. IUCN, Tropical ForestProgramme; WWFをもとにタンザニア・ポレポレクラブが加工作成


さらに国立公園の領域を規定している国立公園法を改定(国会の決議が必要)することもなく、その一部を割譲する権限を公園を管理する一組織がなぜ持っているのでしょうか?

そして境界を明確にするためにさらに10.5m幅を刈り払うとしていますが、何人の侵入も認めず、まして自然改変行為であるとして住民による自然資源の利用や環境保全活動を禁じた国立公園の中で、延長数十キロメートルにもわたって森を刈り払うことがなぜ許されるのでしょうか?しかもキリマンジャロ山は世界遺産です。


森林限界を超えた景色

今から20年以上前の1996年、村人たちがキリマンジャロ山の裸地化した斜面に森を
蘇らせようと、植林に取り組んでいる時の写真。同じ場所のその後の様子が下の写真


かつての政府の森林プランテーション跡地1

上の写真の現在の様子。ここは村の境界に接しており、公社が10.5m幅での刈り払いを
行う対象地。ここに写っている木の多くが切り払われることになり、いくつかの村では
すでに伐採が開始されています。しかもここは国立公園の中


当然この通達に村人たちは怒りを露わにしています。国の組織が平然と法律を踏みにじり、国立公園の拡大と同様、その決定をまたしても一方的に自分たちに押しつけてきたからです。

キリマンジャロ山でいま起きている問題には、それを引き起こした様々な要因があります。その一つに、住民が長く利用してきたエリアをトップダウンで一方的に取り上げたことがあります。こうした場合、普通は公聴会を開催し、地域住民に事前に十分な説明を行い、彼らの意見を聞き、理解と合意を得ることが必須です。しかしキリマンジャロ山の住民は、その十分な説明を受けないうちに森を取り上げられました。大問題となるのは必然だったといえます。

こうした住民無視のトップダウンのやり方がキリマンジャロ山での問題を引き起こしてきたという認識が、問題発生からすでに10年以上経つ現在にいたっても、国立公園を管理する公社には欠如しています。そして現場で起きている問題が正しく中央政府や国際機関に伝わるか/伝えられているかを検証する仕組みが存在しません。このような管轄組織の能力欠如と制度欠陥が、事態の改善を10年以上も阻んできています。

結局森は返されるどころか。国立公園公社は自然と人(地域住民)を分断するという従来の方針をより強硬な手段で示してきたというのが今回の実相です。こうした中、40村の地域連合はあらたにタンザニアの環境政策を統括している副大統領府にアプローチし、HMFSの返還とそこでの地域主体による森林管理の必要性について協議を開始しました。また、県議会議員に対してもあらためてHMFSの返還決議を採択するよう働きかけています。この両者の動きが今後の問題解決に向けた大きな鍵を握ってくるものと考えています。

かつての政府の森林プランテーションの跡地2

毎年雨季になると、村人たちは森を蘇らせようと総出で植林に取り組んできました




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■なぜ国立公園が問題に?('17/1-B)■


ふつう国立公園を広げると聞けば多くの方は「それは自然にとって良いことだ」と思われるに違いありません。それがなぜキリマンジャロ山では問題になってしまうのでしょうか?今回はこの点について、掘り下げてみたいと思います。

以下の図1は、キリマンジャロ山の衛星解析画像ですが、山の右半分をぐるりと取り囲んでいるヘビのような帯があります。この帯が、キリマンジャロ山に暮している村人たちが昔から利用してきた「生活の森」になります。この森のことを現地では"ハーフマイル・フォレスト・ストリップ"(以下HMFSと表記)と呼んでいます。

HMFSとは1マイルの半分、約800mですが、この帯の幅がおおざっぱに平均して800mくらいあることから「半マイルの森の帯」ということで、"HMFS"と呼ばれているわけです。そしてキリマンジャロ山の森林の下限がこの"HMFS"になります(それより下には多くの村があります)。

図1

図1


2005年に拡大された国立公園ですが、もともとはこの図でいうと、山頂を中心とした緑色の部分だけが国立公園でした。図では緑色になっていますが、実際は森林限界より上(標高約2,700m以上)なので、小さな灌木や草はあるものの、ほぼ岩や砂礫、氷雪だけのエリアでした。

ところが拡大された国立公園は、先ほどの"HMFS"の下限まで、面積でいうと一気に2.5倍も広げられました。キリマンジャロ山は長径方向に約80km(東京−小田原間に相当)もある巨大な山です。拡大された国立公園の面積がいかに大きいか、ご想像いだたけるかと思います。

森林限界を超えた景色

森林限界を少し超えた付近の様子。まだ小灌木がありますが、
   ここより上は岩と砂礫、そして氷雪の世界が広がっています



人々の生活と隣接したエリアで極端な国立公園の拡大を行えば、それだけでも問題が起きることは容易に想像がつきます。しかし問題は面積だけではありません。図1に示された"HMFS"には、いろいろな色がつけられています。

濃い緑色は原生林、青は渓谷林、明るい緑は草地(もとは森林だった場所)、薄い黄緑色は政府経営の森林プランテーションとなっています。そしてキリマンジャロ山で森林が失われ見渡す限りの広大な裸地が広がっているエリアは、この森林プランテーションにほぼ一致しています(とくに図1で南北方向に長く伸びているHMFSの帯の、中央より下側の薄い黄緑色部分)。濃い緑色の部分は森林プランテーションがなく。地域住民の利用だけに限られていた場所ですが、そこには今でも森が残されています。

政府は「森林破壊の元凶は地域住民」として彼らを追い出すために国立公園を拡大しましたが、HMFSの色分けを見れば、森を壊したのは村人なのか、それとも政府のプランテーションなのか一目瞭然です。

かつての政府の森林プランテーション跡地1

キリマンジャロ山の尾根に広大に広がる、かつての政府の森林プランテーション跡地
    このような場所が何カ所も広がっています。村人たちはこの写真のように、
   こうした裸地にすべて森林を回復しようと、植林に取り組んできました
しかし彼らによる環境保全活動は、国立公園では違法行為として禁じられました    


一方、村人たちが守ってきた森"エデンの森"は、図1の黄色の○印で囲まれたエリアになります。"ハーフマイル"と一括りにされていますが、ここは800mどころか最大幅は約4kmに達しています。HMFSの中でももっとも緑色の大きな部分で、図1は誰が森を守ってきたのか/守れるのか、そのことも明確に示しています。国立公園の拡大によって、森は一番の守護者を失ってしまいました。

キリマンジャロ山の森を破壊した原因を直視せず、ただ地域住民を追い出せば森を守れるとして実行された国立公園の拡大がいかに理屈の通らない理不尽なものであるか、ご理解いただけたのではないかと思います。しかも世界遺産の山でその実行(住民排除)のために武器が使われ、女性や子どもにまで激しい暴力がふるわれているのです。

かつての政府の森林プランテーションの跡地2

かつての政府の森林プランテーションの跡地
植えられているのは政府による住民排除がされる以前に村人たちによって植えられた木


キリマンジャロ山で実行された国立公園の拡大が問題なのは上記のような理由によります。また、森林利用から排除された村人たちは生活の維持が困難となるなど。国立公園拡大による問題はこれだけにとどまりません。

当会はHMFSの大部分が属するモシ県の森林に沿うすべての村(40村)と協力し。引き続き政府に対してHMFSを地域の手に戻し。そこでの住民主導による森林管理を実現していくよう求めていきます。

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■森を守ってきた村人たちと"エデンの森"のシンボルマークができるまで('17/1-A)■

エデンの森

写真の奥に広がっているのが "エデンの森" です!

タンザニア・ポレポレクラブは約20年間、キリマンジャロ山の村人たちと力を合わせて森林回復のための植林に取り組んできました。

20年間というと長いように聞こえるかも知れませんが、村の人たちにかかると「まだまだ子どもだな」と言われてしまいます。彼らは、「もう亡くなってしまったけれどオレたちの爺さんたちはな、ほら、この間山の上の方歩いただろ。あのあたりの木は、みんな爺ちゃんたちが植えたんだよ。そうやってみんなで森を守ってきたんだ。もう50年にはなるなぁ」と言います。


シンボルマークの話し合い

"エデンの森"のシンボルマークはどんなものが良いか、それぞれの村で
    森の写真を見ながら話し合われました。自分たちが守った自慢の森だけに、
どの村でも写真のように熱い熱い議論が展開されました!


キリマンジャロ山の森林保全の歴史を紐解けば、山に暮らす村人たちによる植林の歴史はもっと古いことが分かります。はっきりした記録として残っているのは1940年代からですから、少なくとも80年間は木を植え森を守り続けてきたことが分かります。
村で出会った村人たちに「森を守ったのは誰?」と尋ねれば、男性でも女性でも間違いなく「それはオレたちさ、私たちだよ!」と胸を張って答えます。もちろん彼らは森を使います。煮炊きするには薪がいりますし、飼っている家畜の餌である草も森から採ってきます。自分たちを生かしてくれている森だからこそ、彼らは誰よりもその大切を理解し大事に守ってきました。そうして守ってきた森は村の誰にとっても「自慢」であり「誇り」となっています。


森の名前の投票

自分たちの森の名前を何にするか、村々で投票が行われました。ビニール袋が
即席の投票箱!名前の案が書かれた袋がズラリと並び壮観でした!


キリマンジャロ山を麓から登っていくと、やがて山中の村々に辿り着きます。その村を突っ切ってさらに登っていくと、やがて森に辿り着きます。ところが本来そこにあるべき森のかなりの部分が、見渡す限り丸裸になっています。そこはかつて政府が商業目的で経営していた森林プランテーションがあった場所です。ところがプランテーションの経営に失敗した政府は、伐採後に再植林せずその場を放置したのです。キリマンジャロ山で破壊されてしまった森林の大部分を、この森林プランテーションの跡地が占めています。

それにも関わらず、キリマンジャロ山では森を利用する村人たちが森林の破壊者とされ、森から追い出されてしまいました。そして国立公園を広げて人と自然を分離するという政策を、タンザニア政府だけでなく世界も後押ししました。世界遺産の自然を守るためというのがその理由です。森をもっとも守ってきた人々を追い出すことが自然を守ること、そんな理不尽な政策が銃や暴力まで使われて実行されています。私たちは森を囲む40の村々、10万人を超える村人たちと力を合わせて、この理不尽な状況を一刻も早く解決していきたいと思っています。


シンボルマーク投票結果

"エデンの森"のシンボルマークもそれぞれの村にいくつかある教会ごとに投票が行われて
決められました。写真は発表された投票結果を見に集まってきた村人たち




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■大雨季植林に向けて各苗畑での育苗が進んでいます!('17/1-@)■


 キリマンジャロ山の村で村人たちによって育てられている苗木

キリマンジャロ山の村で村人たちによって育てられている苗木


キリマンジャロ山では4月から6月にかけてが大雨期になります。現在その大雨季の植林に向けて、山麓の8カ所に設置されている苗畑で村人たちが熱心に苗木を育てています。

今年の大雨季植林では、森に沿う40の村々が協力して、キリマンジャロ山での植林に取り組む計画です。村人たちの生活の森を強引に取り込んだ国立公園の拡大は、実質的にキリマンジャロ山で取り組まれていた唯一の森林保全活動であった地域住民による取り組みを排除し、同時に彼らによる森林資源の利用も禁じました。これにより森も人々の暮らしも深刻な脅威にさらされることとなりました。

しかし一方で、「森は地域の力で守る」という意識は格段に強まったといえます。これまではそれぞれの村が個別に自分たちの村に接する森を守ってきた側面が強かったのですが、キリマンジャロ山全体を俯瞰して、その森を地域全体でどうやって守っていくかという意識にみんなが変わってきたといえます。

「活動/取り組み」から「ムーブメント/うねり」へ。今後、キリマンジャロ山での持続的な環境保全を実現していくためにも、大事なキーワードだと考えていますが、村人たちのこうした意識の変化は、まさに「活動」→「ムーブメント」という質的変化の現れだととらえています。

「地域主体」、「地域横断による森の一体的管理」。キリマンジャロ山の森林保全は変わろうとしています。今回の大雨季植林は、その実現へと向けた大きな第一歩です!

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●クラウドファンディングに挑戦しています!ぜひご協力をお願い致します!

当会はキリマンジャロ山の40村による上記の大雨季植林を実現するため、現在クラウドファンディングに挑戦しています。

またクラウドファンディング・プロジェクトで、国立公園の拡大がキリマンジャロの森、住民、動物に深刻な問題をもたらしている現実を、地域住民が世界に訴えていけるようにすることも目指しています。

プロジェクトの実現のために、どうか多くの皆様のご理解とご協力をいただけますよう、心よりお願い申し上げます!また、ページのシェア、拡散にご協力いただければ幸いです!




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