TANZANIA POLE POLE CLUB

2009年度事業報告


■ 村落植林活動 ■

◆全体状況

table1
2009年度は、とくに活動の主力地であるキリマンジャロ山麓を含む、タンザニアの北部地域一帯は、厳しい降雨不足の年となった。
 現地カウンターパートTEACA(TanzaniaEnvironmental Action Association)の拠点であるキリマンジャロ山麓テマ村の年間降雨量は、1999年〜2008年の10年間の平均が1,721.9mmであったのに対し、2009年はわずか694.9mmと、約40%しか降らなかった。この結果、キリマンジャロ州の一部の村では、国際機関による食糧援助が実施されるに至った。(グラフ1参照)
 この雨不足の影響で、各苗畑グループでも枯死する苗木が続出し、グループ全体で1万5千本を超す枯死が出た(表1参照)。苗木だけでなく、半乾燥地では、これまでに植林し樹高5mほどまで育った木まで立ち枯れてしまい、ゼロから再植林が必要な状況となっている。
 植林に関しては、雨待ちで着手が大幅に遅れたが、最終的に全体の達成率は計画比90%を超え、各グループは良く努力したといえる。


figure1    graph1

◆植林を取り巻く状況と'09年度の取り組み

 キリマンジャロ山における村落植林活動は、同山の森林保護区、とりわけ緩衝帯であるハーフマイル・フォレスト・ストリップ(以下、HMFS)の国立公園への編入という事態を受け、大きな変革を迫られている。それはこの「森を守るため」にとられた措置が、地域住民の生活権を脅かし、さらに本来守られるべき森林の、無法地帯化を招こうとしているからだ。このような状況に対し、村人たちの生活権を守り、なおかつそれと森林の保全、回復を両立させていく仕組みの構築が求められている。2009年度はそのために、地域内部(=村)と外部(=政府)という2つのステークホルダーにアプローチ対象を分け、それぞれに対して、この問題の解決に向けた取り組みを行った。
 まず地域内においては、生活と森林保全を両立させていくためには、タンザニアの独立以前、かつてチャガ民族評議会を核として取り組まれていたような、強力な地域主導による森林管理体制の再構築が不可欠となってくる。これはこれまでがそうであったように、現状のままでは、政府の森林管理が実効性を持ち得ないこと、そして過去の事例からも、地域こそがその潜在的可能性を持っていることによる。そこでキリマンジャロ山東南山麓のテマ村およびキディア村の2カ村において、地域(=村)主導による森林管理に向けた仕組み作りに着手した。「地域(=村)主導」とは、これまでのようにTEACAや苗畑グループが核となって進める植林活動ではなく、地域住民を代表する公的存在である村が主導する体制のことであり、その「仕組み作り」とは、地域住民合意のもとに、その体制や実行を決定するということである。そのために両村において、村の正式な意思決定手続きである村評議会と全村会議を開催し、現在の国立公園化問題と、村主導による植林活動について住民参加のもと審議し、合意形成を図った。さらに両村において森林管理の基本的ルールについてドラフト案の作成を行い、これを村側の意思として、政府(=県)に対して示した。
 次に地域外(=政府)に対しては、州並びに県政府および州・県の各森林担当部局に対し、従来の森林保護政策の問題点を指摘し、地域主導による森林保全体制の確立に向けた提言活動を行うとともに、HMFSからの国立公園の撤廃要請を行った。また、TEACAと州・県森林担当部局合同による、地域主導による森林保全に対する会議を開催した。さらにキリマンジャロ山麓各地において自主的な森林保全活動に取り組んでいる村、NGOに呼びかけ、県森林養蜂局も交えた上で、同じく地域主導の森林保全に関する協議を開催した。
 これらはいずれも、これまで住民参加やコミュニティの参画が言われる中で、少なくともキリマンジャロ山においては、地域の側から提言、提案が行われるような実態になかった中で、地域の側から声を上げる初の試みとなった。こうした動きの成果として、ついにタンザニア政府は、HMFSから国立公園を撤廃する方向で動き始めた。HMFSでは、その全エリアの再測量が行われ、曖昧だった境界線の引き直しと再確定作業が実施された。ただし現在までに実施されたのはそこまでであり、同エリアはいまだキリマンジャロ国立公園公社の管轄下にある。撤廃がいつ実施されるかについても、まだ明示されてはいない。また、地域内については、たんに形だけの体制や仕組みができても、住民全体の心が本当についてこなければ、仕組みが上手く機能することはなく、また持続的ともなり得ない。
 こうした点については、村評議会や村議会だけでは、確実に拾い上げることは出来ない。地域住民自身による「自分たちのこと」という積極的な意思が不可欠で、この点については、そうした「気づき」のきっかけになるようなプログラムの立ち上げに着手した。(これについては、アルバイトによる事業ミッションとして、別項で後述)。


◆新規設置・事業終了 苗畑

(1)事業終了<ダルエスサラーム苗畑>
 1997年の苗畑開設以来、12年間にわたって取り組んできたダルエスサラーム(図1)での事業終了に伴い、2009年度をもってダルエスサラーム苗畑はその役目を終えた。同苗畑は、TEACAが自立運営していくための自己資金調達事業の一つとして、主にダルエスサラーム市郊外のマブウェ・パンデでの受託植林事業を中心に、苗木の販売に目的を特化した苗畑として運営してきた。
 この事業によって植林された苗木の総数は約11万3千本で、そのほとんどはマブウェ・パンデ植林地に植えられたチークである。事業最終年度となった2009年度の純収益は約210万シリング(約20万円)であった。

(2)自立完了<マゲレザ苗畑>
 ダルエスサラーム苗畑同様、1997年から支援を行ってきたモシのマゲレザ苗畑は、これまでの指導を通して獲得した高い果樹の接ぎ木技術や、種子調達のための母樹園確立を果たし、年間の育苗規模も平均5万本(うち植林1万5千本、配布1万5千本、販売2万本)を維持できるようになった。また、幹線道路へのアクセスの有利さを強みとして、堅実に苗木販売を行っており、資金的にも自立運営が十分可能となったため、2009年度をもって自立させた。

(3)新設苗畑<マヌ小学校苗畑>
figure2
 キリ マンジャロ山の東南山麓にあるキルワブンジョー地域。このエリアは東南山麓一帯では、もっとも深刻な森林減少が進んでいる。そのキルワブンジョー地域にあるマヌ村(図3)と協力して、TEACAは2000年から植林に取り組んでいる。これまでは毎年植林の時期になるとTEACAの苗畑から苗木を供給していたが、以前よりマヌ村からは地元に苗畑を設置して欲しいとの強い要望が出されていた。そこでこれまでの熱心な取り組み状況から、地元のマヌ小学校に、生徒の指導用に育苗規模約500本の苗畑を設置した。普段は教師が生徒たちに苗木の世話の仕方を教えるが、TEACAも定期的に巡回指導を行っている。苗畑の規模が小さいため、大雨期の植林にあたっては、引き続きTEACAからも苗木の供給を行っている。




■ 活動の自立支援事業 ■

◆グループ貯蓄

 グループ貯蓄は、苗畑グループ各メンバーの毎月の定期積立てと、TEACAからの同額の上積み積立て支援、さらにこれにニワトリ銀行の仕組みを組み合わせた、グループ自立のためのプログラムである(ニワトリ銀子は当初ヤギ銀行の予定であったが、女性グループとの話し合いにより、メンバー全員が早いうちに成果を手に出来るニワトリ銀行に変更された)。このグループ貯蓄の対象となっているのは、Kidia女性グループ、Kiranga女性グループの2グループに、貯蓄の確実な実行が出来るかの見極めを行っていたFoyeni女性グループを合わせた3グループ。
貯蓄の結果は、3グループすべてが完全に実行し、各グループの貯蓄額は2010年3月末時点で、Kidia女性グループ296,552シリング、Kiranga女性グループが257,900シリング、Foyeni女性グループが113,000シリングである。グループ貯蓄の実行能力の見極めを行っていたFoyeni女性グループは、当初の10名のメンバーで始めたが、2010年3月末時点で13名まで参加メンバーが増えた。また2009年度は、前年度に完全な積み立てを行ったKidia女性グループ、Kiranga女性グループのメンバー全員が、ニワトリ銀行によるニワトリを手にした。このグループ貯蓄は開始して3年目になるが、当初苦労を重ねた確実な積み立ての実施、定期的な実績の取り纏めと報告も、いまだ多少の遅れがあることはあるが、2009年度をもって、ほぼ軌道に乗せることが出来たといえる。 これはTEACAによる同額積立支援とニワトリ銀行の実施が、各グループのやる気に大きなインセンティブとして繋がった結果といえ、当初貯蓄に後ろ向きだったFoyeni女性グループが、積み立てメンバーを増やして確実に実施するようになったのも、他の2グループの結果に刺激を受けてのことといえる。グループの自立に繋げていくためには、自立に貢献できるような収入事業を自分たちで立ち上げられるよう、地道に積み立てを続けていく必要がある。その意味で、各グループが積み立てに前向きになったという変化は、大きな前進といえるだろう。

◆養蜂事業

figure4 (1)低地養蜂事業<Kahe事業地>
 2009年度の低地養蜂事業(図4)は、厳しい降雨不足にさらされ、1箱を残して営巣中の養蜂箱すべてからミツバチが逃亡してしまう大打撃を受けた。一部の養蜂箱のミツバチは、アリなどの侵入防止のために、養蜂スタンドに設置された油受けの油にまで水を求めて群がり、集団で死んでしまう過酷さであった。当初予定していた、養蜂小屋の外に営巣促進用のスタンドを設置する計画も、そういう状況になく、断念した。また2008年度に蜜源樹用に植えたCordia Abyssinicaの苗木もすべて枯れてしまった。
 こうしたことから、2009年度に計画していた花卉類の植え付けも見送りした。低地養蜂事業については、営巣をまた一から回復させていかなければならない状況に追い込まれてしまったといえる。

(2)高地養蜂事業<ハリナシバチ養蜂事業>
キリマンジャロ山の標高約1,600mにあるTEACAの事務所(テマ村、図3)で実施しているハリナシバチ養蜂事業は、計画通りさらに養蜂箱(伝統タイプ)3箱を増設し、計17箱(伝統タイプ10箱、改良タイプ7箱)となった。営巣率も100%で、順調に推移している。2009年度はハチミツの収量も9.5リットルとなり、これまでで最大の収量を記録した。






◆新規収入事業<レンタルハウス>

figure4
 ダルエスサラームでの事業終了は、それまでのTEACAの最も大きかった自己資金調達の柱がなくなることを意味している。TEACAの自立と活動の持続性を確保していくためには、ダルエスサラームでの事業に代わる、安定した自己収入源を確立していかなければならない。
 レンタルハウスの建設(図5)はこれに備えて準備を進めてきたもので、現地企業の社員などを対象に貸し出していくものである。そのために2008年度にモシの町の近郊に約324坪の土地を確保していたが、2009年度は建設に着手した。建設業者の選定にかなりの時間を要し、着手できたのは10月に入ってからとなったが、その後は予想以上に順調に進み、2009年度末の段階で、ほぼ8割まで建設が完了している状況である。






■ 生活改善事業 ■

◆改良カマド普及

 これまで何年間も失敗を積み重ねてきた土製改良カマドであるが、TEACA事務所に設置し耐用試験を実施していた試作カマドが、実用に耐えうることが確認された。この土製改良カマドは、設置にあたって各家庭での土の準備工程が必要となり、この工程を手抜きすると、これまでのような崩れの問題に繋がってしまう。そのため、拙速に普及を図ると、品質の悪いカマドが広がってしまい、評判を落としてかえってその後の普及の足かせとなることが懸念された。そこで2009年度は実際に普及する前に、土の前工程を説明した配布用パンフレットの作成を優先した。これに伴い、当初予定していた半乾燥地マワンジェニ村、ンガスィニ村での普及開始は見送ったが、TEACAの重点フォローがきくテマ村では設置を開始し、まず5基が設置された。

◆半乾燥地野菜省水農法

 キリマンジャロ州の半乾燥地にあるリアタ小学校(図4)のデモ展示プロットで実施したが、2009年度は降雨不足があまりに厳しく、省水農法でもまったく対応できなかった。省水とはいえ、水ゼロでは栽培不可能なためである。今後も2009年度のような雨不足の年は難しいが、少しでも雨量不足に対処できるよう、デモプロットに日陰のための簡易な屋根を設置した。同小学校では担当の教師が大変熱心で、生徒たちに諦めることなく省水農法を教えている。

◆コーヒー農家支援

 2009年度は、TEACAでそれまでの挿し穂による新品種苗木の育成に代え、接ぎ木による育成手法が確立できたことを受け、台木の増産体制を整えた。少雨の影響から目標の3千5百本には届かなかったが、年度末現在で3千本まで育苗できている。また、今後の村での普及を確実に図るため、高品質豆の生産という結果を多くの村人に示していくことを目標とした。このため2009年度は、テマ村のコーヒー栽培農家グループKIWAKABOのメンバーから、とくに栽培管理技術に長けたメンバー5人を選び出し、モデル農家として重点的に指導を行った。まず接ぎ木技術の評価試験を行ったが、こちらの予想を上回り、全員100%成功させる技術を確実に身につけたことが確認された。その後は実際に彼らの畑を定期巡回し、実地指導を行っていった。それぞれの畑において各30本から始めた新品種栽培は、年度末段階で各70本まで増えている。その後も順調に推移している。
 なお、これまで極めて熱心にコーヒー農家指導を行ってくれていた県農業指導員のマリキ氏が、大学でさらに専門を深めるため、年度途中で退任したことから、指導体制に不安も生じている。

◆診療所支援

 キリマンジャロ山麓テマ村にある唯一の診療所であるナティロ診療所に対し、薬剤支援を継続実施した。また、包帯、ガーゼなど現地では品質の良いものが手に入らない一部の簡易な医療資材について、日本から物資支援を行った。
 2009年度は村でインフルエンザと思われる風邪が流行し、10月には当会で記録を取り始めて以来最大となる、月間受診者数645人を数えた(=通常月の2倍以上)。当会の薬剤支援は、こうした緊急時における診療所の対応力を大きく向上させており、勤務するマチャ医師や看護婦のムチャロさんに対する、村人たちからの厚い信望に加え、村におけるナティロ診療所の安心と信頼に繋がっている。ただし、診療所にいるたった1人の看護婦であるムチャロさんが2009年度で退任することから、安い給料で跡を継いでくれる看護婦さんがいるかが心配される状況となっている。

◆小学校への牛乳配給

 現地の小学校を対象とした牛乳配給事業は、同じ学校への支援の偏重を避けるため、これまでフォィエニ小学校、オリモ小学校とローテーションしてきた。2009年度はキリマンジャロ州の半乾燥地にあるリアタ小学校において、全校生徒268名を対象に、毎週2回ずつの配給を実施した。
 2009年は図らずも同州では厳しい降雨不足となり、半乾燥地にある同校では、目的としている栄養改善以上に、学校での子どもたちの水分補給に大いに役に立つこととなった。また校長先生からは、牛乳の配給がある日は、児童の出席率が上がるとの報告がされている。

◆伝統灌漑水路復旧支援

 2008年度から事業化の検討を開始した水供給事業は、当初キリマンジャロ州ヒモ市近郊の半乾燥地マワンジェニ村での実施を考え、水源調査などを行ってきた。しかし、水脈まで100m以上の掘削が必要なことが分かり、当初考えていた風力揚水井戸での対応が不可能となったことから、給水パイプライン敷設での事業検討を行った。しかし今度はドイツの民間団体が同様の支援の検討を開始したことが判明し、支援の重複を避けるため、当会はマワンジェニ村での事業実施を見送った。(ドイツ民間団体の支援は、その後かなり小規模なものに限定されそうであるとの情報も入ってきている)。
 これに代わり、当会では近年の雨量減少によりその重要性が見直されている、キリマンジャロ山における伝統水路の復旧事業に着手することとした。
 キリマンジャロ山麓に住むチャガ民族は、もともと数百年の歴史を持つといわれる重力流下式伝統灌漑水路を、キリマンジャロ山の尾根中に巧みに張り巡らし、その優れた技術で彼らの生活と農業生産を支えてきた歴史を持つ。しかし国策により村への給水パイプラインの設置などが進むに従い、こうした伝統水路が放棄されてしまうケースが増えている。また森林伐採により裸地化した山腹の土砂崩れから、水路が埋もれてしまう、或いは斜面崩落により水路もろとも流されてしまう事態を招いている。近年の減り続ける雨量は、こうした放棄あるいは失われてしまった伝統水路復旧へのニーズを急激に高めている。家庭への生活水の供給がもっぱらの目的である給水パイプラインでは、農地への灌漑にはまったく対応できないためである。そこでオールドモシ地区キディア村(図4)での伝統水路の復旧事業に着手した。この水路は延長2.7km、120世帯(720人)が利用していたが、何カ所もの土砂崩れによって、完全に利用不能となっていた。
2009年度はこの水路をすべて掘り起こし、崩れやすい場所および水路ごと流されてしまった場所はセメントと鉄筋で新たに水路を築き、全行程の流路を復旧させた。復旧にあたって、必要な労力、労賃はすべて村側で提供することを条件とし、また水路放棄後に休眠状態となっていた、水路利用者による管理グループを再結成させ、工事進捗の管理を村とともに行うようにした。当会は必要な資材の調達及び搬送コストを分担した。村側で必要な資金調達に手間取り、当初の予定より工事が遅れたため、一時2009年度中の完了が危ぶまれたが、何とか復旧までこぎ着けることができた。ただ復旧したとはいえ、裸地化した斜面は土砂崩れが起きやすいことから、水路の安定運用が確実に図れるまで、引き続きモニターが必要である。

■ 教育支援 ■

◆小学校への文具支援

2009年度は予算の制約から支援対象校を1校減らし、従来のキリマンジャロ山麓の3校(オリモ、フンブフ、フォイェニ小学校)及び半乾燥地にあるリアタ小学校の計4校の全校生徒を対象に、文具支援(ノート、ボールペン、鉛筆)を実施した。このうちリアタ小学校は、これまで苗木の世話をとくに熱心にした生徒に対する表彰として、10人の生徒を先生方に選んでもらい、文具の寄贈を行っていた。しかし2009年度は厳しい降雨不足の中で、生徒たちはみんな熱心に枯れてしまった木の再植林などに取り組み、表彰の形をやめ、全校生徒対象に切り換えた。

◆子どもたちのスタディツアー支援

 子どもたちのスタディツアーは、これまで環境学習を主要なテーマに据えて毎年実施してきた。2009年度は新たに「自分たちの伝統、文化」にテーマを変えて実施した。これは若い世代では、それまで地域で営々と築かれてきた伝統や文化が徐々に引き継がれなくなってきており、そうしたものに接したり、考えたりできる機会も失われてきているためである。失われつつある伝統や文化、あるいは慣行や風習の中には、地域の自然を巧みにいかし、賢く利用していくための技術や、自然資源を消耗させることなく、持続的に利用していくための知恵といったものが含まれている。それらは直接的に環境を学ぶことと同様に、将来の彼らの生活や環境を守っていくための意識や気づきの基礎ともなる貴重なものであると考えている。
 そこでキリマンジャロ山麓に住むチャガ民族の伝統的な生活様式や様々な道具などが保存展示されている施設や遺構を訪ね、また知識の豊富なガイド(チャガの老人)から直接話を聞くことのできるスタディツアーを実施した。対象としたのは、キリマンジャロ山麓にあるフォイェニ小学校の3,4年生100名。学校側でも自分たちの地域や祖先の歴史について学ぶ必要性が認識され始めており、実行に移したタイミング、内容ともに非常に時宜を得たものとなった。年度末の実施となったため、実施後の先生方によるプログラム評価はまだ終わっていない。

■ 研修 ■

◆民族の知恵と生活文化の伝承に向けて

 子どもたちのスタディツアーと同様、自らの伝統や文化、昔の知恵への深い理解は、村の大人たちにとってもその重要性が増している。伝統、文化、知恵といったものは、彼らの周りの自然環境と無関係に存在してきたわけではなく、身近な森の破壊、減少とともに、そうしたものもまた失われつつある。しかし失おうとしている有形、無形のものの中に、彼らの生活をこれまで守ってきた大切なもの、ことはないか、普段当たり前のように存在してきたが故に、見落としてしまっているものはないか、それらが次代に引き継がれることなく、失われてしまって良いか、そういったことを、村人たちの目線で、あらためて見つめ直せるような機会が求められている。またひいてはそのことが、これまで森を守ろうとしてきた彼らの気持ちを、これからも側面から支える大切な原点、力となってくれる。
 これまでもキリマンジャロ山麓にあるテマ村の一部の村人とともに、村の近傍にある森と彼らの生活を繋いでいる仕組みや資源、利用の形態、知恵などを訪ね歩き、データの蓄積を図ってきたが、2009年度はより多くの村人を対象にその機会を広げた。また同じキリマンジャロ山麓において、すでに自分たちの伝統や文化、村を取り囲む自然やそこにある資源を貴重なものとして見い出し、ツーリズムの中に取り入れて紹介している村がある。そこで具体的事例を通してテマ村の村人たちがヒントや気づき、学びを得られることを目的として、テマ村の村人たちを対象にそれらの村を訪ねるスタディツアーを3回実施した。身近で意外と気づかないものの再発見、自分たちの村や自然の中にある有形、無形の財産、資源に気づくには、大変有用な機会となった。

■ その他 ■

◆TEACA事務所へのパソコン導入

 現地カウンターパートであるTEACAは、事業分野の拡大や業務の精緻化の一方で、事務処理はすべて手作業に頼っていた。一人一人のリーダーの業務負荷も無視できないレベルとなっており、事務の効率化が懸案となっていた。そこで事務所へのパソコン導入を図るため、これまでにリーダー3名をパソコン研修に出し、2009年度にようやく念願のパソコン導入を果たした。現在文書作成はすべてパソコンに置き換わり、データ作成を徐々に切り換えているところである。一方、インターネットは山の中では衛星回線以外に対応方法がなく、通信費が過大になるため、接続できそうもない。メールなどはこれまでのように、山を下りて町で確認するしかなく、タイムリーなやり取りができる環境にはなっていない。

■ 2009年度会計報告 ■

    ◆
2009年度決算書(PDF)




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