ミニニュースレター第57号抜粋記事
『 Habari gani?』 第57号 より抜粋 (2012/7)

私の愛するタンザニア

 初めまして。6月からタンザニア・ポレポレクラブでRafikiプロジェクトメンバーになりました、本橋幸紀です。 今回、貴重なスペースをお借りして、私がタンザニア・ポレポレクラブを知り、また、Rafikiプロジェクトメンバーに応募するきっかけとなった、学生時代のタンザニア旅行について書かせていただこうと思います。 約3週間の旅行のほんの一部の思い出話ですが、お付き合いいただければ幸いです。

●タンザニアとの出会い 2008年の夏、私は初めての海外旅行でタンザニアを旅しました。 初めての海外旅行、自分一人であれば絶対に旅行先に選べない場所だったと思います。 そんな私がなぜタンザニアに旅をしたか…、それは、ある教授に出会えたからです。

私が大学2年生になったばかりの時、“就職の時に役に立つかも”というぼんやりした目的で、ゼミの授業を取ることを決めました。 しかし、目的が目的なだけに、数多くあるゼミの中から特に受けたいゼミが見当たらず、“入るのやめようかなぁ”と思ったとき、あるゼミ紹介文が目に留まりました。 それは、『アフリカの文化を、実際に現地に行き学ぼう!』というものでした。 それまでアフリカというものに特別興味を抱いたことはなかったのですが、なぜかこのとき、なんだかすっごく楽しそう!と思いました。



すぐさまゼミの説明会へ行き、そこでゼミ教授と出会いました。 アフリカの知識は何もない私でしたが、教授がアフリカを旅した時の話を聞き、そして、その話をする時の教授の表情を見て、“私もここで勉強して、アフリカへ行きたい!”という気持ちになりました。 この教授との出会いこそが、私をタンザニアへの旅へ導いてくれたのです。





●旅の思い出 タンザニア3週間の旅は、感動や悲しみ、嬉しさや苦しさ…本当にいろいろな気持ちにさせてくれました。 ここではタンザニアを旅した中で一番思い出深い、キンゴルウィラ村に滞在した3日間について書きたいと思います。

キンゴルウィラ村は、ダルエスサラームからバスで3時間ほど移動し、モロゴロの手前約13qに位置する村で、約600の家族が住んでいます。 村の周りには広大なサイザル畑があり、村人はサイザル麻で作ったバッグを観光客に売ったり、畑で米、キャッサバ、トウモロコシ、キビ、果物を育て売ることで、生計を立てています。村人のほとんどが、農民です。 子供も大人と同じように日常を過ごしていて、器用にサイザル麻でバッグを作るし、日本で言えば小学校5、6年生の女の子が、母親の手伝いでごはんを炊いたり兄弟の面倒をみたりしていました。 母親のために子供が働く(手伝う)ことは当たり前の慣習なようで、日本で好き勝手育ってきた私にとっては、小さな子供も尊敬に値しました。

村は水道水がうまく出ないので、水は買ってきて生活しています。 水20リットル=1ポリタンク。24ポリタンク=1ユニット。1ユニットは500シリングで売っているそうです。つまり、480リットルで500シリング。 1人当たり1か月に必要な水の量は7680リットル。(16ユニット)。月8000シリング程かかります。私たちから見れば安いものですが、村の人にとっては大変な金額です。 水を買う人は、経営者や学校の先生、兵士といった高収入の人たちだけで、一般人は高くて、やすやすと買えないと言っていました。 そんな話を聞いた、村滞在2日目のこと。 雨でびしょびしょに濡れたTシャツを私が村に干していた時、Tシャツが地面に落ちて赤土まみれになりました。 乾いたら叩けばいいや程度に思いほっておいたのですが、赤土まみれのTシャツを見た村のお母さんが、竿からTシャツを取り、土が完璧に取れてきれいになるまで、バケツに水を何回も何回も入れ替えながら洗ってくれました。 高い水だったであろうに、ものすごく申し訳ない気持ちと、ありがたさで胸がいっぱいになりました。それまで面識もない、日本からひょっこり現れた私に、村の人たちはとても親切にしてくれました。この感謝の思いを伝えたかったけれど、言葉が話せない私は、Asante sanaと言うのが精いっぱいでした。 あの時の想いを言葉にして伝えられなかったことが、今でも少し心残りです。 タンザニアの旅で一番心が温かくなった瞬間でした。



●旅を振り返って タンザニアを旅したことで、途上国に共通する様々な問題を垣間見た気がしました。しかし、そこに住む人々が抱える問題を、100パーセントわかってあげることはできないのだと、旅をして感じました。 なぜならば、私は日本人で、日本に住み、旅が終われば日本での生活に戻ることができるからです。 それでも、私になにかできることはないだろうか、なにかしたい。そういう想いで、今ポレポレクラブのプロジェクトに参加させていただいております。 タンザニアで見た自然と、タンザニアで出会った人たちのためになるような仕事ができたら、、、そして、もっと多くの日本人に、タンザニアのすばらしさを伝えることができたら、、、 私は、タンザニアと日本をつなぐ架け橋になりたいです。 まだまだの夢には遠いですが、少しずつ、一歩一歩歩んでいきたいと思っています。 教科書だけの勉強では絶対に見えてこないものを、この旅を通してたくさん知ることができました。こんな貴重な機会を与えてくださった教授に、心から感謝しています。



(文責:本橋)




  〔No.57 その他の内容〕

     ● 菜園コーナー              : 『夏野菜の恵み』
     ● 手工芸品プロジェクト     : 手工芸品ミーティング報告
     ● ポレポレ伝言板


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