日本の市民と村人の取り組み
〜Rafiki プロジェクト〜 最新報告

■ キディア村の自慢の森にあるものは!?('16/3)■



「エデンの森」のイラスト   キディア村の位置
「エデンの森」のイラスト                 キディア村の位置


※それぞれの写真をクリックすると拡大画像を見ることができます。


上図は、キリマンジャロ山の東南山麓にあるテマ村、キディア村、モヲ村、リャコンビラ村の上部に位置する、村人たちが守ってきた森「エデンの森」のイラストです。「エデンの森」は、最大幅約4.8km、奥行き約2.9km、標高約1,400m〜2,010mにまたがっており、面積は約8平方キロあります。この森には、村人たちの自慢がいっぱい!

4つの村の村人たちが守ってきた自慢の森 "エデンの森"。これまでテマ村の村人たちの森自慢を紹介したことはありましたが、ここではテマ村の隣尾根にあるキディア村 (写真) の村人たちの森自慢をご紹介したいと思います。植物や動物は同じ森なので両村で自慢の違いはほとんどないのですが、場所や森にまつわる人物、言い伝えなどは、やはり固有のものが多くあります。今回は 「自慢の場所」の1つをご紹介したいと思います。

※ 以下の説明で場所名の前に付いている番号は、左上のイラスト内の番号と一致しています。(クリックすると拡大画像を見ることができます)

@ Kipakura
村と森の境界のすぐ近くにある場所で、その昔、鉄道に使う枕木用に切り出された丸太がここに集積され、加工されていたようです。確かにそこだけ広い空き地のようになっています。麓の町モシは、1911年にインド洋に面したタンガからの鉄道(蒸気機関車)の終着駅となりましたから、その鉄道の建設時に、ここから枕木用の木材が搬出されていたのかも知れません。

もしそうなら何となく歴史のロマンも感じるのですが、それよりも次のケースの方が可能性が高そうです。それは、第2次世界大戦中(1939-45)、木材に対する需要(とくに鉄道の枕木用)が急激に高まり、キリマンジャロ山の森林から大量の木が伐採されたことです。1941〜1942年のたった1年の間に、伐採量は何と100倍(!)に激増したのです。当時キリマンジャロ山の森林は植民地政府(英国)によってすべて森林保護区に指定されていましたが、戦争の前に保護区であることなどお構いなしに伐採したのでしょう。

そんなことから、この場所の名前"Kipakura"は、スワヒリ語で 「荷を降ろす」 を意味する"pakua"から来ているのではないかと勝手に想像しています。"Kipakua"なら、「小荷降ろし場」の意味で、まさにピッタリです。


Rafikiプロジェクトではこの村人たちの自慢の森「エデンの森」のステッカーを作ることを次の目標にしています。デザインは4つの村の村人たちが自分たちで一生懸命考えて決めました。そんなステッカーは、きっと村人たちがこれからも自分たちの自慢の森を大切に守っていきたいという気持ちを強く支えてくれると考えています。

Rafikiプロジェクトではこのステッカー作成をぜひ応援していただきたいと思っています。目標は4村の全村民約15,000人への配布で予算は150万円を予定しています。ぜひご寄付のご協力をお願い出来れば幸いです!

寄付先: 郵便振替口座  00150−7−77254
      加入者名     タンザニア・ポレポレクラブ
※ お振り込みの際、備考欄に「ステッカー寄付」とご記入ください。
※ 1年間の期間でご寄付が集まった分で可能な枚数を必ず作成し、現地に渡すようにします。




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